明日の朝は、化学治療に行ってきます


先週の月曜日のはずが1週間延期されてしまった化学治療、明日です。

今度は延期になりませんように・・・。

治療中はヒマなので、グループ・ブログの記事を考えたり、ずっと書かないといけないと思っていた、お世話になった方への手紙を書いたり、本を読んだり、という予定であります。


前回の日記に記したベルギー人の貧困の割合ですが、これってどうなんでしょうね。

先日、NHKで放送された福祉に関する番組で、もやいの湯浅さんがお話されているのを録画したものをいただき、視聴したのですが、その中で

「貧乏と貧困は異なる」

と言われていたのが印象的でした。

貧困というのは「溜め」がない、ということだと。

お金の溜め、ニンゲン関係の溜め、そして、自分自身の誇り・尊厳というものの溜め、そういうものがないのが貧困だ、といっておられたと思います。

貧乏でも幸せであることはできるけれど、貧困とは不幸だ、というような話だったと記憶します。

数値からいうならば、子供が3人いる我が家庭など、あきらかに「貧乏」グループに属するのですが、でもあまり追い詰められたような感覚がないんです。

飢えのシンパイもないし、屋根の下、暖かくして暮らしているし、子供たちには教育を受けさせてあげられるし、病気になったら医療のサーヴィスも受けられます。

映画やコンサートも楽しめるし・・・。

ものを次々に買ったり、外食したり、そういう余裕はありませんが、だから残念、ということはほとんどないです。
逆に、商業ペースに乗せられていないわよ、物質主義じゃないわよ、というのが、なんとなく誇りだったり、それに、たまにほんとうに欲しかったものが手に入ると、その分むちゃくちゃ嬉しいですしね。