『原発危機と「東大話法」』


この本については、読む前から関心を持っていたし、マル激で著者の安富さんのお話も聞くことができたし、とても恵まれた読書ができたと思います。
ただ、このところ忙しすぎて、読了直後の生き生きとした「感じ」を忘れてしまったのが、残念無念。

でも、忙しさに振り回され、自分の一番大切なものを忘れると悔しいんで、久々に夕方まで時間がある今日、少しでも思い出して何か記しておこうと思います。

それで今本を自分の横に持ってきて、挟んだ付箋紙のところを開くと、まず32ページの「名を正す」というところに、「ペドファイルによる子供の売買を思い出す」と記しています。
関東軍731部隊では、人体実験で殺される人々を「丸太」と呼び、一人二人と数えるのではなく、1本、2本・・・と数えた、というところです。
ずっと以前に、テレビのドキュメンタリーで、ぺドファイルに子供を売る商売をする人に関するものを見たのですが、そこでその商人は、子供を一人・二人とは数えず、具体的には思い出せませんが、子羊や仔牛を売り買いするような表現をしていたのです。
これは731部隊での話と、同じメカニズムが働いているのだと感じたのでした。

他にもいっぱい付箋紙があるものの、「名を正す」のところで記したような自分自身のメモを記していないので、何を感じてそこの紙を挟んだのか、全然思い出せません。自分の小さすぎる脳みそが悲しい・・・。

そうそう、安富さんの語り口は、いつもユーモアがいっぱいなんで、そこも好きでした。


原発事故が起きて、私たちが当たり前だと思い込んできたものが、実は全然当たり前でなかったと思い知らされた今となっても、同じシステムにしがみつこうとする「指導者」たちを見るにつけ、もう私自身が自分の生き方を見つめ直す以外のことは思いつきません。
日本を出てメキシコに向かったときの自分、子供たちを夢中で育てていた頃の自分、そういう時間を経て年を取った自分、いろんなことを思い出したりもしています。

「何にも帰属せず、安住することを選ばない精神」という言葉を、いつも鉛筆立てに貼り付けているんですが、やっぱりこれだわ、という気分。
ひとりではもちろん生きていけませんが、奴隷にはなりたくありません。
1回きりの人生も、ほとんど最終段階だし。

いい年しておバカだと言われようと、笑いながら、自分の思うように生きていきたいものです。