sacrée croissance

うちにはTVはないけど、arteで放送された番組は、インターネットのサイトの+7のサーヴィスで視聴できるんで、それで十分、というわけで、昨日ジャーナリストでドキュメンタリー映画も作っているマリー=モニック・ロバンという女性のインタビューと、彼女の最新作であるSacrée Croissanceというフィルムを視聴しました。

とてもよい映画だったんで、紹介しようと久々の日記更新であります。
+7のサーヴィスは、フランスとドイツでないと全部は観られず、ベルギーでも一部が視聴できるのみなんで、ここにはYoutubeにアップしてあった映画の紹介をリンクしておきます。

セルジュ・ラトゥールなどがデクロワッサンス(脱成長)という言葉を用いるのに対し、ここではポストクロワッサンス(ポスト成長)という言葉を使います。
デクロワッサンスという言葉の与えるネガティヴな側面を意識してのことでしょう。
確かに、この映画を観ると、ビンビンと希望が湧いてきます。

世界中のいろんなところで、人々が試みている持続可能な経済活動の在り方を紹介しています。

カナダのトロントでのアーバン・アグリカルチャー、高給取りが約束されていた高学歴の若者たちが、キャリア・シフトしてオーガニック農業に従事、外部に依存することなく生きていくために活動しており、市もその活動を援助しています。
この農業FreshCityFarmの創設者の、「ここでは失う人はどこにもいない」という言葉が印象的。
ただ「有機栽培の食品を食べる、と、それだけに終わらせないためには、政治の力が必要」とも言っています。

アルゼンチンのロザリオ、ここでは2001年に経済危機が起こり、住民の30%が失業、生きていくためにスーパーを襲ったりというような暴力も起こりました。
そこにやってきたアントニオ・ラットゥカという農業技術者が、有機農業を起こすことをアドヴァイスします。
有機栽培とかエコロジーとか、そういう言葉も知らなかった人たちが、アドヴァイスに従って農業を始めます。
最初に始めた家族のお母さんが、「私たちは誰にも危害を加えることなく、健康的に生きることができています」と、誇らしげに話していました。
その町にはハカランダの花がいっぱいで、メキシコに暮らしていた頃を思い出してしまった。

デンマークのサムス。この町では100%電気を自給自足しています。暖房も自給自足です。
しかも、電気は売って利益を得るまでになっています。
どこかの大きな会社がつくる発電システムではなく、自分たちが投資して自分たちで作ったもの。
最初の発想は、環境のために自分たちのできることをする、だけど、それに利益が伴ってもいいじゃん、ってことです。
これを始めたヨルゲンさん、言うだけじゃなく動かないとね、と言ってました。

次にネパールのカトマンドゥー。ネパールって、ほとんど100%が再生可能エネルギーによる電力を使用しているんですね。
ドイツで学んだ若者が、国を引っ張っています。
この国ではほとんどCO2を放出していないのに、豪雨といった温暖化の悪影響を最も大きく受けている国の一つなのだそうです。
カトマンドゥーから350㎞ほどのところにある町、カンデバスでは、電気は100%自給自足です。
町が出した8000ルピーと、町の皆がそれぞれ2か月の労働を提供し、NGOグループの手助けもあって実現た水力発電です。
雇用も生み、収入も増えたそうです。
ダラムコラという町では、電気はソーラーパネルにより、ガスも家畜の排せつ物から生まれたものです。
ネパールでは、100万の家庭が100%再生可能エネルギーを使い、3万の雇用も生んだとのこと。

ブラジルのコンジュント・パルメラス。
1973年、もっとも不平等な街と呼ばれるフォルタレサに、大ホテルといったリゾートを建設するために追い出された人々が住み始めたところです。
当初は、全く何もないところで、もともと貧しい彼らはたいへん苦しみました。
子どもたちも次々に亡くなったそうです。
そこへやってきたのがジョアキム・メロ。
解放の神学を実践する人です。
彼によって、この町だけで通用するパルマスという貨幣が誕生します。
最初は偽札扱いでしたが、ルラ大統領の時代に認められ、今ではコンジュント・パルメラスのみで通用する貨幣として、地産池消に役立ち、地元の産業も生まれ、人々は不足なく暮らせるようになっています。
このメロ氏が、パルマスは生きたお金だ、と言っていたのが印象的。

ドイツのトラウシュタイン。ここでも、この土地だけで使えるキンガウワーという貨幣が作られました。
この貨幣を受け入れる商人たちは、受け取ったキンガウアー・マネーをユーロに替える際5%をコミッションとして失うのですが、この5%は、街の保育所とか、住民のために使われるのです。
商人のひとりに、5%失うのはイヤじゃないか、と訊ねると、「この5%の恩恵を自分も受けているから、全然イヤじゃないよ」との返事。すばらしいことです。

そして最後がブータン。アーリー・ラ―ンニイング・センターという、インタナショナルな小学校を紹介していました。
ここでは子供たちは、普通の勉強だけでなく、リサイクルや畑仕事といった、生きる上でのスキルを始め。衝撃に対する弾力性(変な日本語だなあ、なんて言えばいい?打たれ強さ?)を学びます。
小さなブータン人の男の子が、「学校では、自分の年齢の子供でも、地球のために何かできるということを学びます」と・・・。
それにしても、国民幸福指数という発想を目指したブータンの王様、本当に素晴らしい方です。
国民も、この国の国民であることが誇りであることでしょう。


この映画の中には、最初に記したポストクロワッサンスという言葉を始め、プロシューマー(プロダクトすることと消費すること、両方をやる人のこと)といったキーワードがあります。
そして、地球市民として必要なことはわかっているのに、ファイナンス・システムが、その大きな障害になっていることが繰り返し述べられます。
それぞれ異なった性質を持つ、複数の貨幣の必要性が提案されます。

トロントの若者たちの姿が、うちの3人娘の姿と重なり、大きな希望を感じたことでした。

この映画が、日本でも上映されたらいいですねえ。