メモ

あと1週間で9月に突入。

 

昨日と今日も熱波で30℃超え。

これがこの夏最後の熱波かな。

でもお日さまの位置の変化ゆえか、今回はそれほど暑く感じないなあ。

(暑さに慣れてきたのか?笑)

もうしばらく前から、毎日4分ずつ日が短くなってます。

ということは、ひと月で2時間ってことですよね。泣

 

明日以降は涼しくなるらしい。

 

昨日の朝の空。

 

 

 

 

 

この数日、ものすごく大きな国内の話題。

www.rtbf.be

これはニッポンでも話題になった事件なので、覚えている方もいらっしゃるかも。

マルク・デュトゥルーというペドフィルに拉致・監禁され餓死した二人の少女ジュリーとメリッサ、加えてもっと年上だけどやっぱり誘拐され殺されたアンとエフュー、そしてやはり拉致・監禁されていた二人の女の子レティシアとサビーヌが、ポリスによって解放されるに至り、ようやく事件全体が明るみに…、という恐ろしい事件でした。

もう25年経ちます。

ベルギー人にとっては、ものすごいトラウマとなった事件です。

 

うちも娘が3人いますから、父親は彼女たちが誘拐される悪夢にうなされ、夜中にウオーッと叫んで目を覚ますくらいでした。

想像するだけでも恐ろしい・・・。

 

ジュリーとメリッサが餓死したのは、当時別件で刑務所にいたマルク・デュトゥルーに代わって、そのパートナーであるミシェル・マルタンが食事を運ぶことをしなかったから。

怖くて近づけなかったという理由だったと記憶します。

 

彼女も共犯ということで服役していたんですが、明日完全に自由になるんだそうです。

もうずいぶん前から刑務所にはいません。

条件付きで出所することができていた。

そのとき、彼女が女子修道院に入るというニュースに、ヒステリックな反発が起こり大騒ぎでした。

今度はその条件もなしになる。完全に自由。

 

いくら反省しようと、家族から引き離された上に監禁され、お腹を空かせて亡くなった子たちは生き返りませんから、犯した罪を生涯背負ってもらわないと困りますが、「法」という観点から何をどこまでできるか、という問題です。

 

被害者の家族にインタビューしていました。

ジュリーのお父さん(彼はこの事件後、SOSEnfantという、行方不明になっている子供たちを探す組織を立ち上げた)が、「修復不可能なことを犯したのだから、いつ出所しようと早すぎると感じる、しかしそれが法律だから受け入れる。社会が彼女を受け入れないことは、彼女自身が向きあうべき問題(であって、私たちの問題ではない)。」と言ってました。

 

ニュースでは、半年前に服役を終えて出所、しかしIDカード取得に半年かかり、健保組合に入るにも手続きがなかなか進まない、と訴えるモト服役者のケースも紹介していました。

アドミニストレーション上の問題その他で、「まだ刑務所の方が快適だった」と言ってましたが、出所してもまたその半数が刑務所に戻るのだとか。

 

 

 

そして、ヨーロッパの話題。

 

ロシアによるウクライナ侵攻から半年、昨日がウクライナ建国記念日だったこともあり、ここ数日はいつもよりずっと大きな扱いでした。

 

昨日はグランプラスにウクライナの人たち、ベルギーの人たち、EU委員会のウルスラさんなど、いっぱい集まった。

小便小僧もウクライナの民族衣装を着ています。

 

ベルギーには、ウクライナから逃れてきた人が3万4千人いるそうです。

 

そういえば、先月末、うちの娘たちとドートルモン展を観にいった時、次女くんに電話がかかってきて、彼女が英語で応対しているんで「誰と話してた?」と聞いたら、うちにいるウクライナ人よ、と言ってました。

仲良くしているみたいです。

 

もう半年もたってしまいましたね…。

 

www.lesoir.be

bx1.be

 

 

全然知らなかったので、へえええっと思って読んだ記事。

webronza.asahi.com

 

私もこの国に住んでいる統一教会で集団結婚したというカップル家族を知っています。

大学時代、原理研勝共連合統一教会というと「げええええっ」という感じだったので、知り合って話を聞いた時はびっくりしましたが、まさしくこの記事 ↑ に記されているような感じでした。

 

 

 

昨日久々に長女クンがやってきました。

すごくおいしいけどなかなか手に入らないというナポリのコーヒーを持ってきてくれたのです。

彼女が3週間前に(!)投函した、オルヴィエトで撮影したというきれいなフォトも昨日届いた。笑

 

もうずいぶん前から、郵便は週に3回しか配達されません。

今どき郵便物は多くないので、その週3回が何曜日なのか、その法則をまだつかめないでいます。笑

たぶん月・水・金だと思うんだけど、たまに違う日にも届くことがあって、???であります。

 

長女の話で興味深かったのは、キリコの孫に会ったこと(ジョヴァンニのお姉ちゃんの友だちらしい)と、ローマの通りで見かけたというピエトロ・パオロ・ナヴァロ Pietro Paolo Navarro の記念碑の話、1622年島原で火刑に処された、と記されていたそうです。

 

 

 

 

 

 

ホントの故郷は幼年時代だ、というリルケの言葉を添えたフォト。

"La verdadera patria del hombre es la infancia".
Rainer Maria Rilke
📷 Georgie Pauwels

 

 

前にも貼り付けたことのあるドロテア・ラングのフォト。

Dorothea Lange (Américaine, 1895-1965), Nouveau Mexique, 1935

 

 

ショッキングなフォト。

大戦直後にアムステルダムで撮影されたものです。〈空腹の冬〉

Emmy Andriesse (Néerlandaise, 1914-1953), Enfant avec une casserole - "Hiver de la Faim", Amsterdam, 1944-1945

 

 

夏の間ずっと、ニュースで水と橋に関する世界のいろんな場所を紹介していたんですが、「戦場にかける橋」のモトになったクウェー川鉄橋とその建設の話もそのひとつでした。

それを見たすぐ後に、Twitterでこのフォトを見かけたので。

British soldiers after their release from Japanese captivity in singapore, 1945.

 

 

 

 

アントワープの王立美術館、ずっと何年も改修工事をやっていたんですが、来月下旬についにオープンです。

なんと、フツー料金が20ユーロ!

これにはビックリしましたが、ミュージアムパスが使える、むふふ、嬉しいことです。

どういう風に生まれ変わったか、観に行かねば…。

kmska.be

フーケの「聖母子と緋天使」にまたお会いできるわ。嬉しい。

 

 

9月を目前にいろんなことが動き始めている感じです。

 

もっといろいろ目に留まったことがあった気もするけど、このへんで…。

 

あ、これを貼り付けるのを忘れてた。

ここ数年、ずっと思っていることなので。

www.facebook.com

Pour Albert Camus : « Mal nommer les choses, c'est ajouter au malheur du monde.»

L’origine de la violence émane souvent d’une incapacité à s’exprimer par les mots, d’où l’importance de maitriser une langue.

« La parole est le rempart contre la bestialité…» déclarait Jacqueline de Romilly le 25 janvier 2007 dans ‘’Le Point’’ :

« Apprendre à penser, à réfléchir, à être précis, à peser les termes de son discours, à échanger les concepts, à écouter l’autre, c’est être capable de dialoguer, c’est le seul moyen d’endiguer la violence effrayante qui monte autour de nous. La parole est le rempart contre la bestialité. Quand on ne sait pas, quand on ne peut pas s’exprimer, quand on ne manie que de vagues approximations, comme beaucoup de jeunes de nos jours, quand la parole n’est pas suffisante pour être entendue, pas assez élaborée parce que la pensée est confuse et embrouillée, il ne reste que les poings, les coups, la violence fruste, stupide, aveugle.»