ここ数日よいお天気だったので、いっぱい動いた(あくまでも私にしては…)

天気予報のとおり今日からお天気は崩れましたが、昨日までは冷たくともホントによいお天気で、怠け者の私でも「やっておこうかな」と思ったことをちゃんとやれた数日間でありました。

他人からみたらたいしたことをやったわけじゃないに違いなのだけど、それでも自分を褒めてあげたい。笑

 

 

27日 月曜日

不足品があったので、買い物をしなければならず仕方なくスーパーへ。

たいした買い物をしたわけではないのだけど、レジでビールを1本プレゼントしてもらった。

よほど嬉しそうな顔をしたらしく、レジのお姉さんはニッコリ、さらに1本追加してくれたのだった。

私の前に会計を済ませたオジサンは1本しかもらっていなかったし、勝ったぜ(って、何に?イヤシサさで?)。

ごキゲンで帰宅、「今日はいい日だなあ」と思ったのである。笑

 

28日 火曜日

17時から王立アカデミーでユータナジーに関するコンフェランス。

早目に家を出て、久しぶりに王立美術館の古典セクションで1時間ほど過ごす。

何か以前と変わったことあるかと一回りしてみた。

配置換え少々、初めて見る作品が少々、大きな変化はなし。

 

 

これ、以前は展示してあったっけ…。すごくいいわあ。と思ったのが、ベルトレ・フレマル(17世紀 リエージュ)の 神殿から追い出されるへリオドロス

このテーマではラファエルの作品が有名みたいですが、それより100年以上後のこれ(ディテールです) ↓ 

彼もイタリアに勉強に行ってるんで、影響は受けたと思う。

 

本来は背後から照明で浮かび上がらせるヤン・ファーブルの青い作品 ↓ 、彼がセクハラ裁判で有罪判決を受けて以来、その照明が消されてる。

鑑賞できなくなってから初めて見た。

 

この ↓ 小さな作品は以前はなかったはず。

美術館が入手したのはけっこう前だけど、これまで展示されていなかったのは修復中だったからかな。

ルーベンスとヤン・ブリューゲルの合作。このふたり、仲のいい友人だったので。

母子をルーベンスが、背景をヤン・ブリューゲルが、という分担だったと確信します。

 

そして今回、おお、こういうの初めて!と思ったのが、これ ↓ 。

ナチスによって不当に没収され、その後売買がなされた(ブリュッセルでの重要な売買会場はホテル・メトロポール)背景を持っていたということで、本来の所有者の子孫に返却された作品。

こういったケースの追跡が、ベルギーでは遅れているという批判があったんです。

今回は説明が表示されている上に、自由に持ち帰っていい現状についての冊子まで用意されてました。

担当していたポリスがたった一人しかおらず、その方も2年くらい前に定年退職でしたしね。

きっと批判を受けて変わらないわけにはいかなかったんでしょう。

 

 

と、美術館を楽しんだ後、王立アカデミーへ。

寒い上に冷たい風が吹いていたんだけど、晴天。

王宮の前あたり。街灯の右側に肉眼ではちゃんと大きく見えていた半月が、フォトだと小さくすぎてほぼ判別不可。

 

この日のテーマは「フランスとベルギーのユータナジー

ルーヴァン大学の哲学の先生(40代)と、フランスのADMD(尊厳の中で死の権利を要求する協会 Association pour le doit de mourir dans la dignité)の会長(30代)のふたりが話し手です。

会場は満員、一番前の列には、ベルギーのADMDの会長さんはじめ、きちんと状況を把握している方たちも参加していました。

(講演後の質問にはこの方たちも答えていた。)

 

ベルギーでは積極的ユータナジーが可能だけど、フランスでは受動的なもののみしか許されていないんで、フランスからベルギーに死にに来る人たちがけっこういるわけです。

ベルギーの法律はベルギー内の出来事について、国籍関係なく適用されるので。

その費用をフランスの健保がカバーする(!!! 会長曰く、偽善)。

フランスでも非合法のユータナジーは存在しており、会長さんのお父上も担当した医師のおかげで本人が望む死を迎えることができた、とおっしゃってました。

ベルギーの近くに住む人に有利という地理的不平等、担当する医師による差という不平等の解消のためにも、見届ける人のつく自殺も含めた法の整備を求めているそうです。

 

ユータナジーに関する記述は、古くはヒポクラテスセネカ、それから時を経て、トマス・モア、フランシス・ベーコンなども残しているそうですが、私がおおっと思ったのが、アンドレコント=スポンヴィルの「ユータナジーとは尊厳に関わる問題ではなくリベルテ(=自由)に関わる問題である」という言葉。

 

ユータナジーとはオートノミー autonomie の問題であり、オータルシー autarcie と異なり、ひとりで完結するものではなく、周りを巻き込んでいるという話も、なるほど、と思わされました。

 

米国オレゴン州でもユータナジーが認められているそうですが、これは希望者に自ら死ぬための薬品(だと思う)が送られてきて、本人が本人の思う時に服用するそうで、立会人なし、なんだそうです。

このあり方は求めていない、とおっしゃっていました。

 

他にもいろいろ、実際の数値、宗教との関りその他、重要な話はいっぱいありましたが、ここでまとめて記す力なし。ごめんなさい。

 

自身にかかわる問題ゆえに、質問も非常に活発かつ具体的でした。

よいホームドクターを持つことの難しさや、ひとりで意識のない状態で病院に運ばれた場合、自分の意志はどうなるのか(これは、予めコミューンで手続きをしておけば、IDカードのチップで確認される!)、などなど、私自身も早々にきちんとしておこうと思ったことです。

 

最後に会長さんが、フランス人を代表して、という前置きで、「ベルギー人は平気で人を殺す、とか、オーティストの子供たちを殺している(ベルギーが子供のユータナジーを認めていることからの誤解)とか、間違った知識で批判をしているフランス人がいっぱいいることを謝罪します」とおっしゃいました。

ちょっと笑っちゃいました。

 

3月1日 水曜日

大学へ哲学の講義へ。

ドイツ人マリアンヌさんと私以外誰もいない。

出る直前にサイトでチェック、休講になるようなことは記されていなかったのに…。

「3月29日は都合が悪いから27日に移動します」という話はあったけど、今日の講義がどうこうってことはなかったよね、と言うと、彼女、「そんな話、あったっけ」と。

おいおい、第1回目の講義の時に先生が言ったじゃん、と心で思う私。笑

そういえば彼女が私に最初に話しかけてきたのは、読むべき本のタイトルを教えてほしい(!!!!)だったんです。笑

 

学生は誰もいないので仕方なく階段を降り始めたところ、下の階のベンチに講義で見かける学生が座っていたので、「今日は休講?」と訊ねたところ、学校へ向かう途中、先生が事故で負傷、来週は講義あります、と教えてくれました。

老婆ふたりだけボケで変更に気づいていなかった、といった事態ではないことが判明してホッとしたことです。

 

うちでチェックしたら、私がチェックしたすぐ後に届いた先生のメッセージがありました。

自転車通勤の途上の事故だったらしい。

たいした怪我ではなくよかったです。

 

この日も夕方は王立アカデミーでの講義。

テーマは 近代以前のニッポンのパラダイス 

本居宣長に関する話でした。

講師はコレージュ・ドゥ・フランスのジャン=ノエル・ロベール氏。

この ↓ 方

www.nihu.jp

本居宣長、学校で教わったことで覚えているのは「国学者」ってことですが、これ、フランス語だとフィロローグになるのね。

あ、そうかと、ようやく国学者ってそういうことが理解できた。

 

今日はもう長くなりすぎて、これ以上記すのに疲れてきた…。

 

質疑応答の際に、「国 クニ、コクという言葉を使ってあるということは、その思想はナショナリズムか?」といった質問があり、先生がそれを否定したことだけは記しておこう。

ニッポン語「国」と nation という言葉も、そっくりそのまま一緒というわけではないよね、と思ったので。

 

 

2日 木曜日

昨日。

前回は美術館で全てのエネルギーを使い果たし、他にやっておこうと考えたことをやれずに帰宅。

よい天気はこの日までだし今のうちにと、アントワープにまた行ってきました。

 

港が見える

市庁舎とブラボーの像

ドリス・ヴァン・ノッテンの本店

プランタン=モレトゥス・ミュージアム

私の知る限り、最も素晴らしいミュージアムの一つ

小さな通りから見える大聖堂の塔

近くを通ったので、久々にスヘルト川の反対側につながるトンネルに降りてみた

 

ケーキ屋さんみたいなチーズ屋さん

 

他にもメモしておきたいことはあるけど、また明日にでも…。