フランス語講座のことなど

まず、忘れないうちに、おもしろかった記事のアドレスを貼り付けてしまおう。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20100318/213467/

考えられるだけの反発の、先手を取りながら、うまいこと書いてありますねえ。
この方の文章、好きだわ。



火曜日と木曜日のフランス語講座、後期になって、新しいメンバーが数名増えました。
こういう学校の特徴として、いた人が少しずついろんな事情でいなくなり、いっぽう少しずつ新しく入ってくる人もいるのです。

最初にいたリトアニア人のロレッタは、年末にダンナさんの仕事の帰国命令で、帰国。
ハンガリー人のモニカは何故か来なくなり、ポーランド人のモニカは仕事が見つかったというんでこれなくなりました。
母国政府から派遣されている公務員、トルコ人のイルマスは、ドイツ語習得のための負担が大きいというんで仏語脱落。
オーストリア人のクラウス、母国のお母さんが具合が悪いという知らせがきて帰国、その後亡くなったそうで、かなり落ち込んでいてしばらく出て来れなかったのが、前回から復帰しました。

前期の途中で増えたのが、モロッコ人のネズハと、コンゴ人のジュリアン。

後期になって増えたのが、イタリア人のジュリア、アルジェリア人のナビラ、ペルー人のマリータ、スペイン人のイサベルです。

ポーランド人のモニカ、ベルギーに来てわずか半年で職が見つかり、みんなうらやましがっていました。
ブリュッセルでの仕事だそうで、母国の政府の要職についているらしいシヴィル・エンジニアであるお父さんが、たびたび仕事でブリュッセルにやってきていたし、なんらかの後押しがあったのだろうという噂で、それを聞いたモロッコ人のネズハが、
「モロッコはそういう風だけど、ヨーロッパというとすごくロジックな印象があったから、仕事を見つけるのにコネがいるなんて、思ってなかったけど、どこも同じなんだね」
と言っていました。
そう、ほんとうにどこも同じなんだよねえ。

クラスのほとんどが、仕事があれば絶対やります、という体勢で、積極的に履歴書などをいろんなところに送っているようですが、うまくいかないんです。
で、センセがアドヴァイスとして、誰でもいいからそれなりのポジションにある人をなんとか見つけて、その人の名前をそれとなく自己紹介文にいれておかないと、読んでも無視されるか、あるいは読んでさえもらえない可能性もある、と。

とてもかわいらしい新人のジュリアとナビラは、大学を終えたばかりの、私の娘くらいの年齢。

ジュリアはボローニャ大学経営学を学んだそうです。
ボローニャ大学って、ヨーロッパで一番古い大学で、創立が1088年だとか。

ナビラは生物学を専攻していたそうです。
このナビラちゃん、すごく顔がきれいなんです。
女優さんになっていいんちゃうか、というくらい。
彼女、カビールだそうで、カビールというのを初めて知ったんだけど、アラビアからアラブ人が入ってくる以前からアルジェリアあたりに暮らしていた人々なんですね、アルジェリア人だけどアラブ人じゃなく、肌も白く顔立ちも違います。
イザベル・アジャーニアルジェリア系だったと記憶するけど、やっぱりカビールなのかしら、などと、どうでもいいことを思ったりしたおばさんであった。

もともといるスーダン人のナジャットもすごくきれい、おまけに背も高いし、モデルさんになっていいんじゃないか、というくらい。
娘がひとりいるんだけど、服を買うとき幅に合わせるとズボンなんて短すぎてどうにもならない、って。
私はいつも切らないといけないから、きった分あげるよ、なんて言ったことでした。
ナジャットのお父さんは身長2メートルあったそうです。

文化も見た目も、多様性に満ちたクラスであることよ。