選挙の話:黒い日曜日

久々に更新。

忘れないように書き残しておきたいことはたくさんあったんだけど、忙しくてできませんでした。

忙しいって言っても、ホントのところはそれほどではないんですけどね。

 

5月に入っても、雪が降ったり、寒い日がけっこう続いていましたが、ようやくさわやかで良いお天気の日々がやってきました。

朝晩は肌寒いけど、日中は20℃前後という気持ちのいい気温で、日も長いし。

 

さて、26日日曜日、連邦政府議会、地域政府議会、EU議会の選挙の日で、そういうさわやかなお天気の中、投票に行ってきました。

ブリュッセル首都圏の投票場はすべてエレクトロニック、去年10月の地方選の時は、私のところはインフォルマティックのトラブルで、ちょいと並んで待たないといけなかったけど、今回はスムーズ、ほとんど待つ必要もなく、ほいほいと投票を終えて帰宅。

 

去年の6月からずっと旅に出ていた長女くんも、この投票日に間に合うように旅を終え、ブリュッセルに戻ってきました。

ベルギーでは投票は市民の義務なので。

行かないと罰金です。

取り締まりは、なんでもゆるゆるのベルギーらしく、それほど厳しくない印象ですが。

 

その日は夕方からずっと、TVでライヴで投票の結果に関する放送が行われていました。

もちろんTVのない私みたいな人でも、ネットでずっとフォローできます。

 

日本でも報道されたかもしれませんが、北のフランダースでは極右政党が、南のワロニアでは極左政党が躍進、特にフランダースの極右政党はN-VAという右派政党につづく第二政党になっちゃいました。

連邦政府でも第3政党に…。

 

連邦議会

www.rtbf.be

ブリュッセル首都圏議会では、議席は減らしたものの社会党が第一政党、緑の党が大躍進で第二政党。

極左のPTBも議席を倍以上に増やしました。

www.rtbf.be

フランダースはご覧のとおり、ナショナリストで右派のN-VAと極右のVBを合わすと、過半数とはいかなくとも、かなりの規模。

緑の党があまり増やせなかったのが意外でした。

www.rtbf.be

ワロニアでは、今までも強かった政党がなんとかそれぞれ第一、第二のポジションを維持したものの、緑の党極左が躍進。

緑の党の躍進には、若者たちが1月に入ってから選挙直前まで、毎週行っていたデモの効果ではないでしょうか。

ちょっと感動的。

www.rtbf.be

そしてドイツ語圏。正直なところ、ドイツ語圏については私はよくわからないのだけど、記事を読むと、前回の第一政党であるキリスト教社会党をぬいて、ドイツ語圏の利益を守るというProDGという政党がトップになったそうです。

www.rtbf.be

そしてEU議会。ベルギーは21議席を持っているのですが、極左の仏語圏のPTBが初めて議席を獲得、緑の党も、仏語圏・オランダ語圏合わせると2番目に多く議席を獲得。

そして、1議席だったのが3議席に増えたのが、極右のVB。

www.rtbf.be

フランスのEU議会選挙でも、マリーヌ・ル=ペンのRNが一番多く得票しちゃいましたよね…。

 

 

極右のVBの大躍進、多くの人にショックを与えています。

(思えば、バノンがアントワープにやってきて、ル=ペンなんかも加わって、VBにいろんな知恵を与えていたもんね…。)

 

N-VAはVBにけっこう近いので、党首は、自分たちの議席は減らしたものの、連邦議会を、フランダースの利益のためにブロックできるようなことを言ってました。

VBと連立政権を組むとまでは言ってませんが…。

前の前の政権のとき、1年半にわたって組閣できない事態がありましたが、また今回もそうなるのかな?

 

極右が大躍進したことで、この投票日を「黒い日曜日」と呼び、ニュースでさかんに«Cordon Sanitaireコルドン・サニテール»という言葉が使われていました。

なんだろ、と思って調べたんだけど、30年前にやはり極右政党が大躍進したとき、それを食い止めるために、他の政党が極右政党とは連立しないことを決めたことをそう呼んだらしい。

この言葉自体はもともと、1918年、スペイン風邪が大流行した時、フランス政府がフランスへの流行を食い止めるために、ピレネーに軍を送った時に使われたものだそうです。

 

現在のVBの党首はまだ32歳と若く、若者受けしそうな外観。(これもバノンの入れ知恵か?)

投票日の夜には、もう大躍進が見えていたので、ジャーナリストが「コルドン・サニテールについてどう思う?」とインタビューしていましたが、それ自体にはノーコメントであったものの、自分たちはデモクラティックな方法で躍進したのだ、と、強調していました。

 

 

デモクラティックねえ…。

 

そんなこんなで、オルテガの「大衆の反逆」なんて言葉を思い出し、言葉だけ知ってはいても、内容に関してはよく知らないので、ちょいと調べたりしちゃいました。

>・・・ ils jouissent de tous les apports de la science et de la technique, mais ils en jouissent en « primitifs », c'est-à-dire sans en connaître les principes. Selon cette logique, comme cela comble tous leurs besoins, ils ne ressentent nullement la nécessité d'apprendre, de connaître, de comprendre, de se cultiver. Ortega les qualifie de brutes amorales aux idées grossières qui jouissent du nec plus ultra que leur procure une civilisation perfectionnée dont ils n'ont aucune conscience historique. ・・・

 

↑ 単にWikiっただけですが、科学や技術の恩恵を「原始的に」享受するだけで、その原理原則(何故そういう技術が必要とされたかの理由のことだよね)を知ろうとはしない。自分に必要なものは全てそろっているから、何かを学び、知り、理解し、教養を積もうともしない、それをオルテガは厳しく批判している、ってことで、ま、今の時代にそのまま当てはまっちゃいますよね…。

 

 

会話も成り立たないほどの分断が存在する中、自分は自分の価値観に沿って、できることを、できる形でやっていくしかあるまい、と思います。

選挙の翌日、うちに3女が顔見せにやってきたんですが、やはりそういう話に落ち着きました。

今回の極右政党の大躍進に、夜眠れなかった友人が何人もいた、とも言ってました。

 

私は、ベルギーという国は、もちろん欠点もいっぱいあるけれど、「多様性と寛容」という、私には今の時代最も必要と思われる価値観を、もっとも体現する国の一つだと思っています。

だから大好きで、ここに住んでいる。

そして、なんとしてもそれを守ってほしい、と思っています。

そのための「武器」は、やはり「人権という考え方」だと思う。

 

アンドレ・グリュックスマン『思想の首領たち』の、訳者による後書きより抜粋

「人権尊重の立場は、人がこれまで戦争(闘)万能主義に反対するために見出した最良の立場である。問題になるのはもはや、ある特定のヨーロッパ的な人間像を世界のいたるところに押し付けることではなく、その逆に、あれこれの天国の門を開くなどと主張せずに、地獄の門に蓋を設けることなのである。何が極楽であるかということについては人によってそれぞれ違うが、何が悪であるかということは誰でも等しく認めあうからだ。<・・・>善の普遍性というものはない。あるのはただ、普遍的で、いたるところに広がっている悪である。悪といえば何か、戦争、破壊、強制収容所的地獄、憎悪、権威主義、それからあからさまな、もしくは隠された奴隷制…などのことだ。」

 

これは以前書いた、アンドレ・グリュックスマンが亡くなったときの記事 ↓ に記したものです。

shohoji.hatenablog.com

あ、そういえば、この人の息子のラファエル・グリュックスマンが、今回のフランスのEU議会選挙に、社会党から出馬してました。

今見たら、当選したようです。

 

 

さて、この辺でオシマイにしましょ。

疲れてきちゃった。

 

あ、そういえば、昨日のニュースで、EU議会に関する投票、重国籍の人でも一つの国でしか投票できないのに、横のコミュニケーションがしっかりしてないんで、複数国で投票してもわからない、って問題について話してました。

あらま、と思ったので、ここでメモしておきます。

 

オフが二日続くので

今日と明日、二日続けてオフ、余裕で掃除を済ませ、一日分の食事の用意も終了。

というわけでブログも更新しちゃおう。

また寒くなったけど、日が長いとやはりエネルギー・アップするのである。

 

いろいろと考えさせられていることはいっぱいあるけど、そのうちいくつかを忘れないように書いておこうと思う。

 

 

日本でも報道されたと思いますが、ジュリアン・アサンジュがエクアドルの大使館から追い出され逮捕されました。

それ自体もショックだし、彼のすっかり老け込んだ姿もショックだった。

そのすぐ後、エクアドルIMFから102億ドルの融資を受けるというカナダの新聞記事を読みました。

エクアドルはアサンジュを売った?

そうだとすると、わかりやすいだけに、これが一番ショック。

www.lapresse.ca

アサンジュ逮捕のニュースで、「この件に関して、めずらしくトランプ大統領は静かですね」とニュースキャスター。

ヒラリーに関してのリークに喜んでいたトランプ、アサンジュをほめちぎってたからでしょうか、と。

 

 

4月10日、ブリュッセルではBrexitについて首脳会議が行われました。

またまた延長されましたね。

昨夜のニュース番組を先ほど視聴したのですが、『チェルノブイリ・フォーエヴァー』や、フクシマの原発事故のドキュメンタリーを作った映画監督、アラン・ドゥ・アルーが招かれ、話していました。

www.rtbf.be

Brexitについても交渉人であるミシェル・バルニエに密着して « The clock is ticking »というドキュメンタリーを制作、この16日火曜日にarteで放送されるとのこと。

観なければ。

英国の議員たち、EUを離脱するということがどういうことか、本当にわかっていない様子で、質疑応答の際はナイーヴな質問ばかりで驚いたと言ってました。

それにしても、ほとんどその意味もわからないまま、国民投票なんかやってよかったの?

自らの保身のために国民投票というギャンブルに出たカメロン、「責任取って辞任」って…。

それじゃ無責任以外の何ものでもないじゃん。

そういやあれ以来全く姿を現しませんよね。

どこに隠れてるんだろ。

しかも投票結果はほとんど半分半分。

そりゃ分裂の事態を生むだけでしょうよ。

このままじゃどれだけ延長したって、にっちもさっちもいかないだろうし、もうちょっと論点を明らかにして、今一度国民投票するしかないのではなかろうか、なんて思うのだが…。

5月23日~26日、EU議会の選挙なんですが、英国でも実施されます。

何もかも中途半端で、いい加減にしてよ、と、私ですら思う。

 

アラン・ドゥ・アルーさんは以前にもこの日記に登場しました。

shohoji.hatenablog.com

 

 

日本のニュースは、有料のニュース番組『ビデオニュースドットコム』、TBSクラウド荻上チキちゃんの『セッション22』と『荒川強啓ディキャッチ』を、ずっと聴いています。

(とても残念なことに、強啓さんの番組は3月末で終了してしまいました。)

ビデオニュースのマル激トークオンディマンドは、毎回本を一冊読むくらい中味が濃いので、毎週土曜日に更新されるのがとても楽しみです。

特に、普遍的な問題に、つまり日本だけの問題じゃないことに話が及ぶものがおもしろい。

今日視聴したのは、「日本で女性議員がいっこうに増えないわけ」というタイトルで、政治学者の三浦まりさんのお話でした。

いろんな興味深い話が語られましたが、「自信の壁」という話が、こちらでも割と最近ニュースで話題になってたことと重なっていたので、おもしろいな、と思いました。

 

女性にとっての自信の壁、女性はこういう職業には就けない、と言った思い込み。

そういうことが「言葉」からも生まれるので、言葉を変えていかなければ、という話がしばらく前にニュースで取り上げられていたのです。

ご存知のように、仏語の名詞には男性形・女性形があり、弁護士・医者・プロフェッサー・運転手・郵便配達人など、いろんな名詞が男性形しかないことが、女性の進出を妨げている、という話でした。

 

私は「女だからこうするべき」みたいなことを、親から言われた覚えが全くないのですが、大学の入試を終え合格発表も終えた頃、同級生の家に遊びに行ったとき、そこのお父さんから、「女の子が4年制の大学に行ってどうするの?」と言われ、ほんとにびっくりしました。

そんな発想は大昔のことだと思っていたので。

 

それだって40年以上も前の話だけど、今だに存在することなのですねえ…。

 

 

ベルギーの高校生たちが毎週木曜日に行っているデモはまだ続いています。

最初にオランダ語圏で呼びかけたのがアヌナですが、彼女はスウェーデン人のグレタ・トゥーンベリという16歳の女の子に影響を受けたのです。

すぐにフランス語圏のアデライドも加わり、この3人の女の子が、この運動のエンブレム的存在になっています。

先日、この子たちのムーヴメントを応援しているおばさんとしては、取材した番組も観ちゃいました。

 

www.rtbf.be

そして、ここでグレタが話していることに、3女の姿が重なってしまいました。

彼女は11歳の時、世界が悪い方向へどんどん向かっていることに、生きている意味を失い、デプレッションに陥ってしまったのだそうです。

人と話すことも、出かけることも、食べることもできなくなったのだ、と。

16歳なのにもっと幼く見えるなあ、とは思っていましたが、食べることができなくなったので、体の成長が止まったのだと言ってます。

3女クンが同じような状況に陥ったのが12歳の時。

私もチビですが、3女クンはもっと小さい。

今は元気いっぱいですけどね。

 

それで昔の日記を読みたくなり、探してみました。

shohoji.hatenablog.com

彼女が皆既日食を観察しに、父親と中国へ行ってた時にアップした日記です。

この記事にのっけていたフォトは、ダイアリーからブログに引っ越した時に消えちゃったようです。

f:id:shohoji:20190414014025j:plain

これ↑ ふたたび親ばかですが、かわいいなあ、と。(笑)

肩車してくれてるお友達は、あまりうれしそうにしてませんね。(爆)

なんせチビなんで、こういうフェスティバルで近くにいると、こういうサービスをしてあげないといけないわけです。

 

こういう記事もありました。

shohoji.hatenablog.comこの頃は、まだ移民問題などもなかったのですね。

たしかイスラエルによるガザの爆撃からしばらく後だったのではなかったか。

 

もう10年近く前の日記です。

これからまた同じ時間が経った頃は、何を考えているのでしょう。

私、まだ生きてるかな?

 

 

 

最近考えたことや、その他いろいろ

3月も残すところ1週間。

速いですねえ、年が明けたばかり(?)なのに、もう2019年も4分の1が終わりです。

このペースだとあっという間に死んじゃう時が来ますね。

命短し、しっかり楽しまねば…。

 

天候は3月らしく、あったかいかと思えば骨にしみるような冷たい風が吹き、晴れているかと思えばいきなり真っ黒な雲がやってきて霰が降ったり、コロコロ変わります。

でも、確実に日は長くなり、春分の日も過ぎたので、これからは夜より昼が長い。

寒かろうが雨が降ろうが、ケッてなもんです。(笑)

今月最後の土・日の間に時計の針を1時間進めると、ますます日が長くなる。

嬉しい。

今年でサマータイム制が終わりになるかもしれませんが、そのときは1時間進めた針を10月になっても戻さないってことになる確率が高そうです。

そうなると一番日が短い時は、午前10時くらいにならないと明るくならない。

ゲゲゲッという気がしないでもないけど、みんな日が暮れるのが少しでも遅い方がいいと思ってるってことでしょうね。

 

追記:今日26日のニュースによると、サマータイム制が終わるのは、2021年になるそうです。この年、3月に針を1時間進めたらそのままにしておく、もし標準時間つまり冬時間の方を選ぶなら、この年の10月に針を戻す、ということになると。

 

 

前回の記事で紹介したブリュッセルのローカル通貨ジンヌも、21日からスタートしました。

このお金を使える場所も、私が説明を聞きに行った時の倍に増えていました。

私も早々にいくらか両替しに行くつもりです。

 

 

さて、16世紀の画家、ピーター・ブリューゲル1世が亡くなって今年で450年。

今年いっぱい彼の地元であるベルギーでは、様々な展覧会などが催されます。

ブリュッセルのBOZARでも、彼の生きた16世紀に関わる二つの展覧会が開かれています。

 

www.bozar.be

ひとつは Bernard van Orley展。

この人の作品は、実を言うとあまり好ではなく、今までなんとなく見ないふりしていたのだけど(笑)、こうやって体系的に、当時の歴史的背景などを踏まえながら観ると、やはり面白く見応えがありました。

カルロス5世の叔母さんにあたるマルグリット・ドートリッシュのお気に入りだった画家さん。

ルーヴル美術館所蔵の、ほとんど門外不出のすごいタピストリーも展示されていました。

 

もうひとつは16世紀の版画展。

これは昨日観てきました。

デュ―ラーから始まり、ブリューゲルが亡くなった後のフィリップ・ガルのアトリエで刷られたものまでが展示されていました。

絵画に比べ、版画は大量生産できるので、人々の手に入りやすいものだったこと、それこそブリューゲルのエグイ作品は、19世紀の風刺画や、今の時代で言えばシャルリィ・エブドのような役割を果たしていたこと、宗教紛争で世の中が平和でなかった時代、持ち運びが簡単で再生も可能な版画がより発展できたこと、などなど、興味深いことです。

 

技法自体は、1520-21年にネーデルランドを旅し、アントワープに長居したデュ―ラーに多くを負っているとのことです。

 

すごく緻密な作品の数々…。

 

ベルギーにはだれでも行けてほとんどお金のかからない美術学校があって、けっこう充実した設備と内容を持っています。

モンスに住んでいた頃、ちょっと郊外にある学校に通ってましたが、こんなに設備の整ったところは近くにないから、と、フランスから国境を越えて通ってきている人もいました。

私が入っていたのは、デッサン、BD、焼き物、それに美術史の4クラス。

とても良い成績だったのであります。

(ってか、センセは誰にも悪い点数はつけなかったのだと思う、みんな好きで通ってきてるだけで、いい成績が欲しくて来てるわけじゃなかったから)

ときどき油絵のクラスに潜り込んだりもしてました。

よそのクラスから勝手に入り込んでも、先生は怒らないどころか快く迎えてくれます。

そのころからエッチングがやりたくて、ブリュッセルに引っ越してきてすぐこの地区の美術学校の版画のクラスに入ったのです。

ブリュッセルの19のコミューン、それぞれが、誰でも通える美術学校や音楽学校を持っています。)

1870年代、その頃ブリュッセルで暮らしていたロダンのアトリエがあったあたりです。

 

最初は楽しかったんですけどね…、緻密な作業が向いてなくて挫折。(苦笑)

それだけに、版画展の作品、見れば見るほど、すごいな、と感じたことでした。

 

しかも展覧会はミュージアムパスを持ってたら無料。

嬉しくってしょうがない。

去年9月からスタートしたミュージアムパス、1年間50ユーロで、ベルギーの100以上のミュージアムで使えます。

去年6月、本格的に始まる前に、6000枚限定で前売りされたときに即ゲットしたのであります。(これは1週間もたたないうちに売り切れ。私は前売り初日、スタートした朝9時に速攻で入手したのである)

www.museumpassmusees.be

 

さて、またまた竹下節子さんのブログで読んだ記事です。

spinou.exblog.jp

この記事で記されているarteのインタビューというのはこれです。

www.arte.tv

たぶん ↑ のサイトは、日本では視聴できないと思うので、Youtubeで見つけた動画を貼り付けます。

www.youtube.com

↑ は5分足らずで、インタビュー全部は聞けないんだけど。

 

ハンナ・アーレントの「悪の陳腐さ」というのはとても有名ですが、それに対するかのように、ここでは「善の陳腐さ」という言葉が使われます。

エスブールが、「アーレントは善の陳腐さという言葉こそ使ってないが、同じことを語っている」と言ってました。

 

竹下さんが書かれているように、

 

>「普通の人」が陳腐な悪の方に振れるのか、陳腐な善の方に振れるのか、その差はごく小さいのかもしれない。

 

と私もずっと考えていて、私みたいな人間でも、陳腐な善の方に振れることができるような、そういう社会に生きたいと思っています。

 

先日友人とお茶していて、うちの子供たちの話になりました。

他人から見たらなんだかフラフラちっとも安定してないみたいな3人娘なのだけど、母親の私はちっとも心配してないのだといった話。

その時は友人に、彼女らは友人に恵まれてるから心配してない、と言ったんだけど、その後もしつこく何故心配しないのか自分でも不思議で考え続けていて、そして、彼女たちの価値観に共感しているからなんだ、とわかっちゃった。

彼女たち、少しでも社会をよくしたいと思って生きてる点では、全くブレていないのです。
そのための方法はまだまだいろいろと変わっていくだろうけどね。
だから見る人によってはフラフラしているように見えるかもしれないけど、私に比べたらよほどしっかりしてると思う。
お金持ちになって安定して欲しいとかって思ってたら、心配しまくり状態になるかもしれないけど、そんなこと思ってないし、そういう風に育てなかったし。(笑)
それに、幸いベルギーでは、そんなフラフラニンゲンでも一応生きていけるし。
あとは、なるべく楽しく元気にしていてくれたらと思う。
加藤登紀子が歌ってたみたいに、「生きてりゃいいさ」って感じです。
で、親ばかかもしれないけど、彼女たちが陳腐な善の方に振れるのはおそらく間違いなく、そのことによって命を落としたり、ひどい目に遭うような社会には絶対したくない、と、強く思います。
 

 

そいういえば、今朝興味深く読んだ記事がありました。

gendai.ismedia.jp

この方の <個>からはじめる生命論 という本、もう10年以上前に日本の知り合いの方からいただき、とても興味深く読み、良い本だと思ったことを思い出しました。

 

今すぐ何かに役立つ、とか、利益になる、とか、そういうのじゃない一見ムダっぽいことを、ああでもない、こうでもない、と、自分の頭で一所懸命考えることって、大切ですよね。

ましてや、いろんなことがうまくいかなくなり、核になる部分を壊し、作り直し、構成し直し、といった作業が必要な今の時代ですから。

 

 

これからしばらくものすごく忙しい時期に突入するので、ここんとこ考えていたことを全部忘れないように書き記しておこうと思ってたけど、もう疲れちゃったのでオシマイ。

私にとってけっこう重要なことを考えたんだけど、書かないと忘れちゃうだろうなあ…。

 

 

3月21日からスタートするブリュッセル首都圏のローカル通貨

その地域だけで使える通貨については、これまでこのブログでも触れたふたつの映画でも紹介されています。

 

どちらも記事の中の動画はもう表示されないけど、リンクを貼り付けます。

 

Sacrée Croissance

shohoji.hatenablog.com

Demain

shohoji.hatenablog.com

今月21日から、ブリュッセル首都圏で使える通貨Zinne(ジンヌ)がスタートします。

monnaiebruxelloise.be

興味深いので、昨日の夕方、説明会が開かれたので聞いてきました。

たくさんの人が集まるかと思いきや、関係者も入れて20人ちょっとしかいなかったのが、ちょっと想像してたのと違ったけど…。

 

こういうローカルな市民通貨は、ベルギーでは初めてでなく、フランス語圏だけでも、すでに11ほど存在しているのだそうです。

例えばリエージュのValeureux ヴァルルー。

valeureux.be

ブリュッセルでも、EcoIris エコイリスという、エコロジーの分野だけで通用する通貨を、すでに2012年に試みたのだそうだけど、全然知らなかった。

コミューンによってはすでに試み始めていたところも。

一応これは自分の備忘のために、記事を貼り付けておきます。

Une monnaie citoyenne à Schaerbeek ? - Inter-Environnement Bruxelles

 

というわけで、昨日の話でわかったこと。

 

ファイナンスの面で、バックについてくれたのが、ブリュッセル首都圏のInnovaris 。

Accueil | Innoviris

ここがどういう使命を担っているかというと、こういうこと。↓(英語)

Mission & Vision | Innoviris

 

1zinne=1euroです。

交換所が設けられ、そこでユーロをジンヌに交換。

使用者はジンヌを銀行でストックすることはできないし、ユーロに交換することもできない。

地域での循環が目的だから当然ですね。

一方、ジンヌを受け取る側は、ユーロに交換可能だけど、その都度タックスがかかります。

交換の際に入ってきたユーロはTriodosという、持続可能な活動にしか融資しないという銀行にプールされます。

こうしてプールすることで、もしこの実験的試みがうまくいかなかった場合には保証になるわけです。

www.triodos.be

(ちなみにうちの子供たちは、この銀行を使ってます。

母は今のところ仕事の便宜上、こういう良心的な銀行は使ってないのだけど、65歳になって仕事のペースを落とす時点で、ここに口座を移す予定。)

 

ジンヌ紙幣は、0ジンヌ~20ジンヌまでの数種類。

このゼロ紙幣について、私は説明を聞いても???で、後でちゃんと個人的に質問したかったけど、説明後は参加者でがやがやしていて、内気な私(?)はそこに割り込むことができませんでした(苦笑)。

どうもものすごくユニークな意味がありそうで、興味津々なんだけど。

 

ブリュッセル首都圏の19あるコミューンの中で、ジンヌが使えるのは今のところ14。

すでに使うことのできる店は、まだ40。

これから使えるようにしていくところとして、700か所ほど的が絞ってあるそうです。

ジンヌが使える店にはそれなりの基準があって、それをクリアしないといけないそうです。

この貨幣の意味は、エコノミー+エコロジーを合体させることだから。

上述のリエージュの体験談としてなるほどと思わされたのだけど、ヴァルルーを使えるようにしたいと希望したあまり良い食材を使ってなかったケバブやさん、この通貨を使えるようにしたことで、やはりこの通貨を使えるところのオーガニックの食材を使うように変わったのだそうです。

 

3月21日は記者会見が午前中に行われ、夜はパーティも開かれるそうです。

 

というわけで、説明の内容はすべて理解したわけではなかったけど、以上のとおりメモしておきます。

はたしてどういう展開になるか、楽しみなことです。

 

 

 

 

第2次大戦中のブリュッセル王立コンセルヴァトワール

 今日で2月もオシマイです。

今日から少しずつお天気も傾いていくそうですが、2月とは思えない暖かい良い天気が続きました。

一昨日は20度を超え、「気象台始まって以来の記録」をさらに更新。

ふつう2月といえば、冬を越すエネルギーも尽き、ああ、もう勘弁してちょうだい、って感じで、寒さにうんざりする時期だというのに、今年は元気満々です。

これって異常だから不気味だったりもするのだけど、とりあえず青空を楽しもうではないか、と思っちゃいました。

ニュースでも「冬なのに春」というんで取り上げてましたが、インタビューに答える人たちも、私と同じく、「とりあえず良い天気を楽しみます」と言ってて、みんなおんなじ気持ちね。

 

というわけで、またまた記事更新。

というのも、一昨日聴きに行った王立コンセルヴァトワールでの講演がとても面白かったので、わすれないように記しておきたくて。

 

第2次大戦中のコンセルヴァトワールについての話でした。

興味をそそられたので、行きたいとはずっと思っていました。

(これも入場無料、しかも事前予約も必要なし、というもの)

まったり過ごす夕方は家を出るに少しエネルギーが必要なところ、ひとりだったらまたまためんどくさくなったかもしれないのだけど、ちょうど数日の予定で日本からやってきたC子さんも聴きに行くというんで、久しぶりに会えるね、というのがよいモチベーションになりました。

C子さんはベルギー音楽研究者、こちらの自由大学に研究員として来ているときに、音楽学専攻の学生だったうちの長女くんと仲良しになった若者です。

講演はものすごく興味深いものだったので、行ってよかった。

C子さん、ありがとう!

 

 www.conservatoire.be

お話はコンセルヴァトワールの図書館の館長さんによるものでした。

図書館には、当時のいろんな文書・手紙などが全部残されていて、それらを読むことでいろんな事実が明らかになっているのでした。

講演は、1941年、ベルギーを統治していたナチから「ユダヤ人学生をリストアップせよ」と命令されたことから始まり、解放後のコンサートに至るまでの話で、話される内容の時期に合わせた選曲、あるいは実際その時期に行われたコンサートの曲を、合間合間に音楽院の学生たちが演奏するという構成でなされました。

 

ベルギー人作曲家Alex de Taeye の Douleur

www.youtube.com

当時の学長のお兄さんである作曲家Joseph Jongen のDeux pièces en trio, Op.80

 

www.youtube.com

ベートーベンのエグモンド序曲

www.youtube.com

その次が Elgarの Pompe and Circumstance, Op.39だったけど、聴いたのと同じ規模のビデオが見つからないのでパス。

そして最後がガーシュインのパリのアメリカ人、これも同様にパス。

って、上に貼り付けたエグモンド序曲も、当日聴いた規模とはちがうんだけど、これは外せない、と思ったので。

エグモンドは、フェリペ2世統治下、オルヌ伯爵とともにブリュッセルのグランプラスで、反逆のかどで見せしめのように首をはねられた伯爵さま。

ナチ統治下で行われたコンサートでは、反体制の象徴のようなこの曲に、ナチは怒りまくったそうです。

 

強制連行されたユダヤ人学生たちのその後、亡くなった子もいれば、収容所で演奏させられたことで生き残った子もいる。

生き残ったヴァイオリニストの女の子は、ヴァイオリンの弦が切れると自分の命もオシマイなので、ずっと恐怖を感じていたそうです。

 

ありとあらゆる学校から締め出された子供たちのために、ユダヤ人子女のための学校を創設する計画もあったそうだけど、これは実現せず。

 

当時の図書館司書の女性は、レジスタント活動を行っており、学生たちが強制労働に送られることを免れられるように手伝い、重要な楽譜等をドイツ軍から守り、また、レジスタントやユダヤ人家族を図書館でかくまったりもしていたとのことでした。

そこで働く人しか知らないもう一つの出入り口を、うまく使ったそうです。

こういう風にひそかに抵抗活動をした人もいれば、ナチに協力した人もいたわけで、終戦後その罪を問われた人も内部にはいました。

 

この講演は、数年前に行われた、音楽学者たちによる研究の一部です。

それって本になっているので、ほしいな、と思い、それをC子さんに言ったら、

「Iちゃん(←うちの長女くん)もこの研究の一員だったから、その本は持ってると思います」との返事。

あ、そういえば、一時期、大戦時のベルギーにおけるキャバレーの音楽活動についてなんか書いていたな、と思い出した次第。

そのときは、へえ、おもしろい研究やってるじゃん、と思ったのみだったダメな母親…。

検索したら、こんな記事がありました。

www.rtbf.be

Au revoir les enfantsを観たばかりだったんで、講演の話もとてもリアルに迫りました。

レジスタント活動をした図書館司書さんをひとり取り上げただけでも、小説1冊、映画1本に値します。

 

今まで王立アカデミーの講演しかチェックしてなかったけど、定期的に行われているコンセルヴァトワールの講演も、しっかりチェックしなければ、と思ったことでした。

 

せこいことばかり言って恥ずかしいけど、無料というのがありがたい。

お金がなくとも文化的生活ができる、ということですもんね。

 

さようなら子どもたち

ここんとこずっと、春を思わせる晴天と暖かさ。

10日ほど前には、最高気温が18度を超え、これまた気象台始まって以来とニュースで言ってました。

カーニヴァルの頃はいつも寒くてたまらないのに、その後も毎日昼間は気温も15℃近い。

気持ちいいので、仕事がオフの今日は、午前中から窓をずっと開けっぱなしにしています。

午後5時ごろになると、お日さまの角度が低くなってひゅんと冷えてきますから、そしたら窓は閉めないといけなくなるんだけど。

 

 

前回の記事にちょいと記したように、メキシコ映画ROMAの登場人物のひとり、フェルミンにルイ・マル監督のAu revoir les enfantsを思い出させられました。

コレージュで雑用の仕事をしていた登場人物、なんという名前だっけ…、と考えていたらば、ちょうどうまいことにベルギーのフランス語TVラジオ局RTBFで放送されたらしく、サイトから視聴できることを発見。

 

おお、いいタイミング!とばかりに鑑賞することに。

 

www.rtbf.be

1987年のこの作品、劇場で観たことはありません。

最初に観たのはTVで。

次女の出産の手伝いで、今は亡き母が日本から手伝いに来てくれていて、一緒に観たのでした。

母は、言葉なんか全然わからないくせに、泣きながら観てました。

そして観終わってから、当時2歳だった長女を抱きしめていました。

そういう思い出と結びついた作品です。

 

そういえば、長女の出産の少し前から子供たちが少し大きくなるまで、映画館で映画を観ることなんてありませんでした。

でも、TVでよい作品がけっこう放送されるし、放送中にコマーシャルで中断されることもないので、それほど深刻な欲求不満を感じることもなかったなあ、と思います。

 

コミュノテ・フランセーズ(フランス語圏の文化・教育などにかかわる政府)がやってる映画や音楽のディスクを借りれる図書館みたいのがあって、そこからよくDVDを借りて、よいと思う作品は、子供向けであるなしにかかわらず、子供たちと一緒に観ていました。

そうやってDVDで鑑賞したのが2回目。

(子供たちが大きくなって、「たとえよいものでも、子供の世界の見え方は、大人のそれとは違うから、作品によってはトラウマにもなったよ」と意見されましたが…。すんません>子供たち・苦笑)

 

で、今回観たのが3回目、ということになります。

 

思い出せなかった登場人物の名前はジョゼフでした。

ルイ・マル監督の1974年の作品 Lacombe Lucien も同様にTVで観たのですが、この作品の主人公ルシアンも「ジョゼフ」。

そして、ROMAのフェルミンも「ジョゼフ」。

 

ネットでいろいろ見てたら、こんな興味深い記事を発見。

www.franceculture.fr

この映画が撮影された町で、撮影にかかわった人たちへの、30年後のインタビューです。50分ちょっとの音声あり、です。

1987年にルイ・マル監督に行われたインタビューも、4分くらい聞けます。

後者のインタビュアーは、かなりおバカ、というか、ありえない質問の仕方で、ちょっとむかつきましたが…。

 

11歳だったルイ・マル監督自身の経験に基づいた作品が Au revoir les enfants なわけだけど、ジャン神父のモデルになったジャック神父のことを密告したのが誰なのか、本当のところは謎のままなのだそうです。

証言によるとゲシュタポは、かくまわれていた3人の少年がいる3クラスと、フランス語の授業をしていたジャック神父のところへ直行したそうなので、ちゃんと情報を得ていたことは間違いない、とのことでした。

 

監督が、この体験がずっと「何故?」と自分に問いかけ、これだけ時間が過ぎても、何故だかわからないままだ、と答えているのが印象的です。

 

ずっと昔に読んだアハロン・アッペルフェルドのインタビュー記事を思い出してしまった。

この人も、この自分自身の体験について、ずっと「何故?」と問い続けてきたが、今になってもわからない、と答えていました。

目の前で母親や祖母が撃ち殺され、強制収容所へ。

たまたま電流の通ってなかった鉄条網から脱出して森へ逃げ、盗賊団にかくまわれて生き残ったという体験は壮絶だし、何より私にとって忘れられないのが、「やっぱり子供だったんですね、森で遊んだ記憶があるのです」という話でした。

 

 

以前この日記でも触れた、アンドレ・グリュックスマンも、カトリックの宿舎でかくまわれて生き延びたひとり。

shohoji.hatenablog.com

 

 

年を取った分、思い出も増え、少しは知っていることも増え、同じ映画作品一つとっても、自分の感じ方も「増えて」きた気がするなあ…。

 

 

 

 

 

ROMA  イタリア ファン・エイク その他いろいろ

毎日「今日はこれを済まそうリスト」を作ります。

引き受けた仕事がないとき、誰かとの約束がないとき、怠け者の私は、これを作らないとついついダラダラと過ごしてしまい、後でちょいと後悔することになって、精神衛生上よくないので。

だけど、この「リスト」、自分で作っておきながら、これはこれでけっこうストレスなんですよねえ。

簡単に済むことはいいとして、ちょっと気合を入れないといけないこともあるんで。

前回記事をアップしてからそろそろひと月、今日は「ブログを更新する」をリストに入れてしまった…。

そういうわけで、またまた備忘のために書き留めておきたいこといくつかであります。

 

 

まず、最近観た映画 ROMA

www.youtube.com

いろんな賞を取りまくっているらしいし、懐かしいメキシコの映画だし、これは観に行かねば…と、12月に公開され始めたときから思っていました。

15年くらい前に観たTemporada de Patosをイメージしてしまいましたし。

1968年にトラテロルコ事件の起きた広場にその後建った住居ビルの中の、アパート内での何時間かの出来事を描いたもの。

お金はほとんど使ってない映画で、思わずクスクス笑っちゃう、なんとも言えない映画で、けっこう好きだったのです。

 

www.youtube.com

でもROMAは、Temporada de Patosとは、ずいぶん異なるものでした。

監督の幼少時代の思い出をもとに描いたものなのですね。

何故この映画がたくさんの賞をゲットしたのかな、とずっと考え中。

日本の人たちの感想をちょいと見ると、うーん、どれも私の感じたものとは全然違う。

住み込みの家政婦クレオ、雇い主にそれなりに大事にされていて、その家の子供たちもなついているので、「心温まる」「優しい」みたいな感想ばかりでありました。

優しい人も、意地悪な人も、ケチな人も、寛大な人も、どこの社会にも同じくらいの割合でいるのだと私は思います。

私の知ってるメキシコの家庭で、家政婦さんに意地悪なところはひとつもありませんでした。

この映画が描いている家政婦さんと雇い主家族の関係は、けっこう当たり前のもので、全く特別なものじゃないと思います。

 

私は映画を観ながら、あ、そうだった、といろんなことを思い出しました。

 

家政婦さんがやってくれるので、家には洗濯機も掃除機もないこと。

路を渡るときはいつも、車にはねられそうでびくびくしたこと。

メキシコでトルタというと、ボリージョと呼ばれるプチパンに、いろんなものを挟むサンドイッチだったこと。

(仏語の字幕スーパーでは、タコと訳されていて、間違ってるじゃん、と思ってしまった)

メキシコのいわゆる中流家庭の子供である友人が、市場で働いている人々が交わしている会話が全然何言ってるのかわからない、と言ってたこと。

長女をメキシコで出産したとき(私の場合は、映画に出てくるような大病院じゃなかったのですが)、医者が何人もついてくれて、ベルギーよりもずっと手厚かったこと。

などなど。

 

クレオに妊娠させちゃうフェルミンには、ルイ・マル監督の「さようなら子どもたち」と、だいぶ前に読んだ本、「コーラを聖なる水に変えた人々」を思い出させられました。

 

次は今年の旅行計画。

今日の記事のタイトル、ローマだからイタリアか、と思わせてしまいますが、これはまた全然異なる流れで、6月にイタリアを旅行することに決めました。

 

いつもとても楽しみに読む竹下節子さんのブログの記事に、↓というのがあって、読みたいなあ、と思ったのですが、なんといっても積読状態の本が山ほどあり、もう死ぬまでに持ってる本が読み切れないんじゃないか、と、「もう本は買わない」と決めた私。

「1935年に聖書の中国語訳に着手して2012年に故郷のシチリア島列福されたフランシスコ会のガブリエル・アレグラが1942年から45年に北京でテイヤール・ド・シャルダンとかわした会話の記録のフランス語訳」

spinou.exblog.jp

本って、所有の欲求もそそられますしねえ。

悩ましいことだ、と言ってたら、毎年うちに遊びに来てくれる大学時代の下宿仲間が、35年前に一緒にアッシジを訪ねたことを思い出すねえ、と。

彼女のパートナーが当時フィレンツェに留学していて、そこを拠点に、ふたりでアッシジにも行ったのでした。

鉄道駅からまっすぐ歩いて行く道すがら、たしか5月中ごろだったと思う、ポピーの赤い花が咲いていたのが記憶に残ってます。

聖フランシスコ教会に日本人の神父様がいらして、案内をしましょうと言ってくださったのに、あまり時間がなくてお断りしたのです。

今思えば、なんともったいないことをしたのだろうと悔やまれます。

そんな話をしているうちに、また行きたいね、ということになったのでした。

思いついたらすぐに具体化しないと、またまた「行きたいね」という話だけで終わっちゃうんで、即フィレンツェまでの航空券ゲット。

ボローニャトリエステ→フェッラーラ→アッシジフィレンツェと2泊ずつくらいで宿もゲット。

楽しみなことです。

 

 

1月29日に橋本治氏が亡くなりました。

実は私は本は一つも読んでいません。

だけど、気になる作家さんのひとりでした。

で、内田樹氏のブログの追悼記事がおもしろかった。

追悼・橋本治 - 内田樹の研究室

 

>自分の主観的判断を自制することのできる人は少なからず存在するが、「自分の知っていることを知らないことにする」という技術を駆使できる人は少ない。

 

ずーっと昔、大学生だったころ、すごいおバカを主人公にした少年マンガで、主人公が「クイズしらんぷり」に出場するってのがあったのを思い出してしまった。

クイズが出され、その答えを最後までしらんぷりできるものが優勝するってやつ。

みんな我慢できなくてつい答えてしまって失格するけど、主人公はほんとに知らないから優勝。

って、内田樹さま、アホなことを思い出し、申し訳ないけど、このマンガもある意味、深いよね。

 

実存主義者はその昔「私が何ものであるかは、私が何を思ったかではなく、何を成し遂げたかによって決まる」ということを主張していた(遠い昔のことなのでうろ覚えだが)。その理説に即して言えば、「橋本治」は意志と行動の間のタイムラグがあり過ぎて、ほとんどの行為について、「やろうと思ったけれど、途中で自分が何をする気だったか忘れた」「なんか、どうでもよくなった」ので、実存主義的には何ものでもないことになる。

 

不遜ながらめちゃくちゃ親しみを感じてしまった。

 

 

最後、ヤン・ファン・エイクについて。

人類の宝ともいえるゲントの祭壇画「神秘の仔羊」は、もう数年前から少しずつ修復中です。

三連祭壇画を開いたところの下段が今修復中ですが、その修復が終わった時点でゲントでヤン・ファン・エイク展が行われます。

2020年2月から。

もうチケットが売られ始めてます。

vaneyck2020.be

まだ1年あるのに、時間予約制のチケットが、少しずつ売れ始めてる。

すごい。

去年6月のニュースで、ファン・エイクが描いた仔羊くんの顔が、今まで見ていたものと全然違うことが判明。

びっくりしたことでした。

www.rtbf.be

修復の様子は、ゲント市美術館で観ることができます。

↑のニュース後としては初めて、久しぶりに昨日観に行ってきました。

土曜日だったので、修復活動をしている人たちはお休みでしたが、5枚のパネルが見やすく並べられていました。

上に重ねられたものを剥がすところまで終わった様子で、今後今年いっぱいかけて、忠実に色が整えられていくのでしょう。

 

ということで、おしまい。

リストのひとつが消せる。めでたい。