12月に入り今の一番の話題はワクチンかな?!

12月に入って既に3日経過。

冷たくてどんよりしたお天気で暗い、ものすごくベルギーらしい日々です。

 

コロナコロナで明け暮れた2020年でしたねえ…。

 

 

ベルギーでもCovid-19ワクチンについて接種のプログラムが決定。

来年早々1月5日からスタートすることになりました。

国の目標は、来年の夏までに市民の70%が接種すること。

無料ですが強制ではありません。

まず重症化のリスクが高い人たち、医療等の最前線で働いている人たちなどを最優先に、3段階に分けて進めていくことになります。

 

www.rtbf.be

ワクチンについては、絶対に受けるという人、絶対受けない方針の人、それと私みたいに「どうしようかな、様子をみておこう」という人の3タイプあるはず。

私みたいな「どうしようかな」タイプだと、受けやすさに左右されちゃうんですよねえ。

おそらく私の順番は春以降になると思いますが、ワクチン接種センターみたいなところがあって、予約してから足を運ぶ、みたいな形にしてくれたら行くかも。

 

政府の方針では、都市部ではそういうセンターをつくるらしい。

2~3日前のニュースでは、ドイツではそういうセンターをもう作り始めていると話してました。

 

毎年冬に流行するインフルエンザ、ワクチンを薬局でゲットしたらホームドクターに注射してもらいます。

そのプロセスがめんどくさい、というか、私にはそもそもホームドクターがいないので、よい医者探しをするのが面倒で、毎年手洗い・うがいの励行でのりきってます。

 

毎年12月にガン専門医を訪ねる、それに先立って病院で検査を済ませる、これが私の健康管理の役割を担っていて、風邪もひかないので医者にかかる必要がないわけです。

ブリュッセルに暮らし始めてからは、自分で「帯状疱疹だ!」と思って薬を出してもらうために近所の医者に1回かかったのみ。 ↓ 

私がこのとき帯状疱疹に気づくきっかけになった〈電話をかけてきた知り合い〉ってのが、先日Covid-19で亡くなった日本人女性です…。

shohoji.hatenablog.com

 でも本来は誰もがホームドクターを持っているというシステムになっていて、そこを核に専門医へということになっています。

だから私のガン専門医も、結果は私のホームドクターのところへ送らないといけない。

彼がどこに送っているかというと、昔住んでいたモンスの我が家のホームドクターのところ。笑

(その医者に自分のためにかかったのも、50歳になる頃、チェックアップしようと思って、種々検査の処方箋を出してもらうための1度きりでした。このおかげでガン発見したのであります)

去年、さすがにうんざりしたんでしょうね、彼から「いつまでもモンスのマダムPのとこに送るわけにもいかないし、ちゃんとホームドクターを決めてね」と言われたんですが、急を要しないんでのんびりしていたところにコロナ騒ぎ勃発。

彼を訪ねるのは明日です。

叱られるかな…。ま、「コロナ禍」のせいにすればいいか…。

 

私も今月には63歳、「風邪もひかないのよ」なんて威張っているお年頃ではなくなってきましたし、コロナ禍が落ち着いたらホームドクター探しをするとしよう...。

 

 

封鎖都市 

金曜日の政府の会議での決定事項はけっこう厳しいもので、12月1日から商店やミュージアムなどは開いてよいものの、家庭に呼んでよい人数は今まで同様ひとりのみ、一人暮らしの人だけはクリスマスにはふたり呼んでもいいです、というもの。

国外へ出かけた人は戻ってからのコントロールも厳しくやるそうです。

 

人が集まるクリスマス・シーズンというので、そのあたりが誰もが気になるところだったようですが、春のロックダウンの緩め方もまずかった、失敗だった、と首相がはっきり言ってました。

さらには夏に向かう時期だった前回より流行しやすい冬である、というのも重要なポイント。

コロナ新規入院患者の数値75人(追記・減少しつつある現在200人ちょっと)を目標にする、と言ってました。

前回のように北と南で異なる方針をとるようなゆらゆらしたものでなく、国全体で統一しよう、という姿勢も感じられました。

 

 

クリスマスは私の誕生日ですが、今年はひとり静かに皆の健康を祈って過ごしましょ。

 

 

 

さて今日は、日本時間13時にスタートするシンポジウム ↓ を聴くために、朝4時半に起きちゃいましたよ。

artscommons.asia

毎週視聴しているビデオニュースドットコム、そのマル激トークオンデマンドの先週のゲストが社会学者の吉見俊哉氏でした。

www.videonews.com

その前に出演されたときの話もおもしろく、その後は著書も読み、いくつか雑誌に掲載された論考も拝読、好きな学者さんなので、この日も喜んで視聴しました。

そこで最後に ↑ のシンポジウムを告知されたのです。

おお、これは視聴したい、とさっそく申し込んだのでした。

 

実は、日曜日にシンポジウムというのも日本だなあ、と思ったりしました。

こちらだとこういう催しは平日にしか行われないので。

ウィークエンドは講師の方々も休暇ですからね。

 

私は演劇については書かれたものを読んで知っているくらいで、小劇場の上演作品を実際に観たことは一回もありません。

田舎育ちだし、高校を卒業して進学した大学はやはり地方の金沢で、東京や大阪、九州だったら福岡に出ていたらそういう機会もあったかもしれませんが。

日本の演劇作品の体験といえば、長崎や諫早でも上演された大きな劇団のもの、それと、こちらの文化フェスティヴァルに招かれて上演された「三月の五日間」などいくつかの作品の仏語訳をしたこと、くらい。

 

私はもう人生の半分以上を日本から離れて生きていますし、バブルがはじけたのも、オーム真理教事件も、阪神大震災も、東日本大震災も、フクシマの原発事故も、そして今のコロナ禍も、日本にいらっしゃる方たちとは体験を共有していませんが、今回シンポジウムで演劇の話を聴きながら、それに加えて「東京」体験もしていないんだ、ということに気づきました。

 

タイトルの「封鎖都市」ですが、最初に吉見氏が、パンデミックで封鎖された都市も、欧州ではタテの、つまり政府による封鎖だけど、日本ではヨコの、つまり世間による封鎖であって同じではない、と話され、なるほど、と思いました。

 

シンポジウムを聴きながら思いついたことをメモしましたが、それをちゃんとまとめたくとも、頭が悪いのでどうも難しい…。

 

とにかくもうずっと「言葉」というのが私自身の気になるテーマ、特に最近のひきこもり生活で考える時間だけはたっぷりあるので、ますます重要になってきています。

翻訳されたもので理解しているつもりでも実は理解できていない、と思うんですね。

言葉と言葉が対応していないから。

ちゃんと重なっていないと思うんです。

だから絶対わからない部分があるというのをわかったうえで、普遍的なものを見つけていくしかあるまい、と…。

 

とまあ、わけのわからないことを、今日は自分のためのメモとして記しておこう…。

 

 

 

ウマノスズクサ

今日はコロナ禍対策に関する政府の会議が開かれます。

クリスマスまでもう一月ありませんから、商店等開いてよいことになるのか、家族で集まってパーティなどやってもよいことになるのか、などなど、誰もが関心を持って会見を待っていることと思われます。

 

数値を見ると第2波はずいぶん落ち着いてきたようですが、病院はまだまだタイヘンなようすだし、私は個人的には規制を緩めるのは早すぎる気がしますが、近くの国々が商店を開く中、皆が買い物にそちらに行くだけなら、自分たちだけ規制することに意味あるの?という意見ももっともな気もします。

クリスマスを寂しく迎えることに対する抵抗もでかい。

 

でも、ようやく収まりつつある数値が、そのせいでまた大きくなったらよけいタイヘンなのではないかとも思うし難しいところです。

それに、医療現場の人たちだって一息つきたいに違いない、彼らのクリスマスはどうなるの?とも思います。

いくら店が開いても、私個人はお買い物に走るつもりは全くないし…。

 

 

さて今日はウマノスズクサについてメモ。

 

昨日視聴したコンフェランスのタイトルは、« Bruxelles, Chine, Balkans : histoire d’une herbe toxique »(ブリュッセル、中国、バルカン:ある有毒植物の話)でありました。

ブリュッセルの自由大学系のエラスムス病院で腎不全を専門にするお医者さんが講師でありました。

1992年だったか、この先生のところにやってきた腎不全の患者の女性のケースがとても特別だったんだそうです。

前年の検査結果は正常なのに、その年に数値が悪化していて、しかも、それからひと月の間の悪化の仕方が、通常なら10年くらいのスパンで観察されるような急激なものだった、と。

さらに同様の症状を示す患者が二人つづいたそうです。

そして、その3人の患者さんたちに共通していたのが、痩せるダイエットのためにブリュッセルにある同じ医者にかかっていた、ということ。

それでこのダイエットを担当した医者と連絡を取ります。

そこで、痩せるための漢方薬の処方を前年に変えていたことが判明。

前使っていた2種類の薬草を、漢方薬業者から勧められたものと変えていたんだそうで、その新たに処方された2種の薬草のひとつ、あるいは両方が原因なのではないか、と疑いました。

その2種類のうちのひとつがウマノスズクサ

(この漢方薬を処方した医者も、売った業者も、ちゃんとしたところで詐欺まがいではありません。)

 

さらに調査を進めます。

バルカンのある町では、そこで暮らし始めたとたんに腎不全の症状を呈する人がいるということで、そこでは小麦の貯蔵倉庫で湿気によって発生した成分がパンに混ざりこんだ、という説と、小麦が育つところにウマノスズクサが大量に育っており、収穫の時に混ざりこんでいてそれが原因では、というふたつの仮説が立てられていました。

この先生が調査した時点では、後者の説は否定されていたそうです。

 

でも結局この先生の調査・研究の結果、ウマノスズクサに含まれるアリストロキア酸が腎不全を起こさせ、さらにかなりの確率で腎臓がんへと進むことが間違いないことが確認され、この薬草の使用が法律で禁止されることになりました。

 

という話。

 

この話を聞いた後で、フランス語でAristolocheアリストロシュと呼ばれる植物、日本語ではなんというんだろう、と思って、まず仏語でWikiって、そこから日本語に行ったら「ウマノスズクサ」、へええ、と思ってその説明を日本語でも読んでみると、

 

>属の学名(アリストロキア)から命名されたアリストロキア酸が含まれており、これには腎毒性発癌性がある。実際、ウマノスズクサ属の植物を含む漢方薬での腎障害の事例もある[1]。中国では「関木通」と呼ばれるが、「木通」(日本ではアケビ属を指す名称)と略されることもあり、混同せぬよう注意が必要。バルカン半島では、小麦に混入したA. clematitisによると思われるバルカン腎症英語版が発生し、最悪の場合腎臓癌に発展する。

 

と記されており、うわあ、今聞いた話がこれじゃん、と思ったのであります。

 

で、今日メモしたかったのは、ウマノスズクサのことより、Wikiの記事ってけっこうちゃんとしてるのねと思ったこと、でありました。

 

 

先日id:cangaelさんのブログの記事 ↓ を読んで、寮美千子さんの文章に感動で涙するとともに、監獄の話に大逆事件を思い出しました。

cangael.hatenablog.com

私の中学校は諫早刑務所のすぐ近くで、毎日その横を通ってました。

黒岩比佐子著「パンとペン」を読んで、大逆事件のときに無期懲役を求刑された12人が、判決の3日後にはあわただしく千葉・秋田・諫早に分けて送監されたということを初めて知って驚きましたが、それに加えて、Cangaelさんの記事で、この刑務所が明治5大監獄だったのを知って再びびっくり。

 

母が亡くなった時だから、2001年かな、子どもたちに私の中学校も見せてあげようと歩いてみました。

けっこう家から距離があったと記憶していたのに、あれ、こんなに近かったの?と思うくらいすぐそこで、刑務所はもう門しか残ってなくて、中学校も平屋の木造ではなくなってしまってました。

学校前にある魚屋さんは姿は変わってもまだ存在していて、そこの子供だった同級生のMくん、懐かしくなって元気かしらと訪ねてみると、お店をやってるお姉さんによると、彼はよその街で暮らしているとのことでありました。

ちょっと乱暴だけど、すごくおもしろい男の子だったんですよねえ。

 

と、話が逸れてしまったが、そういうわけで大逆事件のことを思い出したら、ネットでこういう ↓ 記事を翌朝見かけました。

webronza.asahi.com

 

 

 

ブリュッセルのグランプラスには、今年もクリスマスツリーが立てられました。

暗い冬です。

せめて光を…。

 

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 (ブリュッセル市がFBにアップしていたフォトを拝借しました)

今できることって何だろうと考えてみた

知り合いの日本人女性が、3日前にCovid-19で亡くなってしまった。

 

ベルギーに暮らし始めてしばらくして、と言っても、今年29歳になった次女くんがすでに生まれていたと記憶してるので、まだ30年は経ってないかな。

大使館で私のことを教えてもらったと、ある日向こうから電話がかかってきたのが始まり。

ベルギーに暮らし始めて最初に2年半住んだ家にいた頃で、それは明るくて天気の良い日だったから、次女くんが生まれた翌年の春だったのかな。

 

彼女もパートナー氏がモンス近辺の人で、私にメキシコ生まれの長女がいるみたいに彼女には米国で生まれた長女クンと、私と同様にベルギーで暮らし始めた後生まれた次女くんがいて、それからしばらくしてうちの3女クン、彼女のところにも3女クンが生まれ、家族構成がものすごく似ていたこともあって、子どもたちが小さい頃は家族ぐるみで行き来したのでした。(彼女のところはその後4人目の子供、長男クンが生まれた。)

 

彼女と私は興味・関心、生活の仕方がかなり違っていたんで、子どもたちが大きくなってからはたまに、ほんとにたまに、「元気?」って電話がかかってくるくらいの間柄だったんだけど、私のベルギー生活のどこかに、当たり前みたいに存在してる人だったんですよねえ…。

 

実はそこのパパ、ほんの2~3か月前にALSで亡くなったばかりなんです。

長いことご無沙汰していて、彼の病気のことも知らなかったんで、その時はほんとうに驚きました。

彼女にお悔やみの電話すると「大丈夫よお、子どもたちもここにいるから、話す?」と言うんで、子どもたち4人とも話をしたことでした。

彼女も離婚してブリュッセルで一人暮らし、長女クンは今米国で暮らしていて、次女くんと3女くんもそれぞれ別に暮らし、長男くんが父親と暮らしていたのでした。

その子供たちがその時は彼女のところに勢ぞろいしていたのです。

 

彼女は私みたいにピリピリ・チョコチョコ落ち着きのないタイプではなく、なんだか飄々としていて、同じくらいの時をベルギーで暮らしているのにほとんどフランス語もわからないまま、「私、よくわからないから」とニコニコしていて、私はとてもそういう大胆な心境にはなれないから、「すごいな」と思っていました。

で、そういう風にノンキにしているのにちゃんと自立して生きているところもすごくて、「なんだかんだ言っても、私たちちゃんと守られて生きているよね。お互いこれからも元気にやっていこうね。」と言ってその時は電話を切ったのです。

 

そしたら3日前に、彼女の次女くんからの知らせが入ったのです。

「ママが亡くなりました。10月末に具合が悪くなり、Covidだと判明、入院してからもどんどん重症化して、今朝息を引き取りました」

ショックでしたよ、にわかには信じられなかった。

あんなに元気そうだったのに。

それに、子どもたち、こんな短期間に両親とも失うなんて…と。

きょうだい4人、とても仲がいいのが救いだけど、何よりそれがかわいそうでたまりませんでした。

 

 

私は小さい頃から落ち着きがない子で、あれもこれもといっぺんにしないと気が済まないし、思いついたら即動いてしまうし、おまけに飽きっぽいし、って感じで今まで生きてきました。

今のコロナ禍の制約の中でも、「何もしないでいいのか」「何かしないといけない」といつも焦っているところがあります。

でも、もしかしたらコロナ禍の中、自分にできる一番のことって、何もしないでじっと過ごすこと、なのかもしれない。

彼女の「私、何もわからないの」とニコニコしていた顔を思い出しつつ、今朝はそんなことを考えてしまった。

 

 

 

昨日は、12月初旬のガン専門医のコントロールに備えての、毎年恒例の病院ディ、必要な検査を済ませてきました。

この「病院ディ」が来ると、「また1年経っちゃったのね」と思います。

帰宅するため王立美術館前でトラムを待っている時撮ったフォト。

12月中旬までは間違いなく閉まったままの美術館。

いつになったら普通にミュージアムを訪ねることができるようになるんでしょうね…。

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今の時代を生きていたら…

ベルギーのCovid-19の数値は数日前から落ち着き始め、どうも第2波のピークは過ぎたもよう。

金曜日にまた連邦政府の会議が開かれましたが、現在の規制を緩めるにはまだ早すぎるということで、今のままいくそうです。

次の検討会は今月末の予定。

第1波の時との今回の違いは学校の扱い。

小学校と中等学校は、閉鎖することによる子どもたちへの負の影響が大きいので、同じ空間にいる人数を減らすいろんな工夫をした上で、基本お教室で、という方針です。

 

私のような年寄りにとっての1年の影響なんてそれほどでもないけど、子どもにとっての1年ってものすごく大きいですよね。

彼らが大人になった時、今の状況をどのように振り返ることになるんでしょう。

 

 

政府の経済的援助は、私にとっては充分なものですが、そうではない人もいっぱいいるはずです。

 

生活保護の申請がものすごく増えたそうです。

私がもらっているような毎月の援助が打ち切られると、もっと増えるだろうと思われます。

コロナの状況にもよりますが、今の感じだとこの月々の補償金は来年3月までじゃなかろうか…。って、あくまでも私の予想ですが。

 

 

今の状況で仕事がなくなったりしている人が、違う仕事を一時的にすることで収入を補っているという例が、昨日のニュースで紹介されていました。

 

航空会社のスチュワードさんは、数か国語OKということを生かして、Covid-19のトレースセンターで電話で応対する仕事、ダイヴィングのインストラクターの女性、ほんとはバリに行って仕事するはずだったけど今の時期それが無理なんで農家の手伝い、閉店しないといけないレストランのマネージャーさんも農家の手伝い。

その農家の方が、普通だったら出会えないであろう人たちとこうして出会い語り合えるのが楽しいとおっしゃっていました。

www.rtbf.be

病院で働く看護士さんたちを励ますために、985ユーロ(税込み)支払われるという話。

家族も含めて影響が及んでますから、家庭への食事の提供といった支援も行われてます。

www.rtbf.be

政府の援助の対象になっていない性の仕事にかかわる人たち、家賃も払えない、食べることもできない、医者にかかることもできない、というんで、寄付の呼びかけ。

www.rtbf.be

 

昨日ちょっとスーパーに食品の買い物に出かけたら、入り口に難民支援の女の子たちがいて、「買い物のついでになんでもいいから難民の人たちの役に立つものを買って寄付してください」と、多く必要とされる商品の例が記されたビラをもらいました。

これは私のような怠け者には簡単な支援方法だな、と、ちょいと食品を余分に買って出口で寄付したことでした。

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さて、ようやく今日のタイトルであります。

過去に生きた魅力的な人々や劇的に生きた人々を知った時はいつも、彼あるいは彼女がもし今の時代を生きていたら…と考えてしまいます。

カミーユ・クローデルはアジルに閉じ込められて生きることなどなく、きっとすごいアーティストとして生きただろう、とか、日本でもドミニクの歌で知られるシスター・リュック=ガブリエルも自殺することはなかっただろう、とか。

 

それでエリゼ・ルクリュのことも、もし今…と考えたのだけど、きっとアナーキストではなかったのではなかろうか。

当時のネーションの意味も今とは違うし、国境を超えるのも自由だし、事実婚なんて当たり前だし…。

どういう活動をするだろう。

きっと環境保護のために動いたのではないかしら。

マスク義務、なんてコロナ禍にかかわる規制に、彼ならどう反応したか、とか、いろいろ考えています。

www.youtube.com

 

 

金曜日に受講している自由大学の比較芸術学ですが、ルイ14世の時代の演劇・音楽・美術・書籍などについての話です。

おもしろいです。

なんといってももともと知らないことが山ほどある私、「1回につきひとつでもふたつでも、へえええっとか、ほおおおおっとか思うことを学べればOK」という目標は悠々達成と言えます。めでたい。

そう思うと、知らないことがいっぱいあるってある意味ラッキーなのかも。笑

来週は先生がシンポジウム参加で休講の予定だったんですが、コロナ禍で来年に延期になったとかで授業あるそうです。

まじめな先生だな。

 

 

 

 

またまた何もしたくない症候群に…

あっという間に11月も中旬に入っちゃいました。

もう今年も残すところひと月半。

コロナ禍に振り回された年となりましたねえ。

 

勉強するぞとはりきっていたところ、膝のケガで水を差されたこともあり(←言い訳ですね…それって9月末の出来事だろ!)、またまた何もしたくない気分の今日この頃。

自分に甘い私は、そういうときには「ま、いいんじゃないの?」と思うことにしています。

 

私が大学の授業を聴講するためにメンバーになった、ブリュッセル自由大学のCEPですが、ベースは「年間24回のコンフェランスが聴ける」です。

それに自分の希望があれば、私のように学生に紛れて講義を聴く、他に大学の施設を使ったヨガ、太極拳、などなどオプションになっています。

このベースのコンフェランス、月・火・木のコースから一つだけ選択できるんですが、Covid-19の第2波ゆえに全てオンラインになったことで、自分が選んでない日のコンフェランスも聴けることになりました。

どの曜日も分野はいろいろまたがっていて、自分の興味のあるものもあれば、それほどでもないものもあり、選ぶのにけっこう苦労したんですが、結局全部聴けることになりありがたいことです。

 

今週は月曜日が「表現の自由ヘイトスピーチ」というテーマで弁護士の方の話。

火曜日は以前ここにちょいと記した ↓ アナーキスト、エリゼルクリュについての話でした。

shohoji.hatenablog.com

講演って、講演者が話すのが上手かどうかにかかっているところが大きいですよね。

そういうわけで、話自体は前者の方がおもしろく、後者は、申し訳ないけどいまいちでありました。

 

表現の自由は、デモクラシーの根幹をなすもの、しかしそこには制限がある、と。

ヘイトスピーチはなんらかのヴァイオレンスを呼び起こすもの、1滴1滴ずつ加えられて最終的には死に至る毒物のようなものだから。

EUの人権協定の第10項と17項にそのことが記されているので読んでください、ただそこには非常に簡略にしか述べられていません、というのも、ケースごとにディスカッションし検証する必要があるから。

貧しさや、いわゆるポピュリズムヘイトスピーチを生むかというと、そういうことは全くない。

国が、文化に関するディベートと教育に力を入れる必要がある。

 

ちょうど米国の大統領選が話題の中心だった時期でもあり、トランプが証拠もなく「不正選挙だ」とスピーチした時、TV局が途中で放送を止めた話も出てきました。

そのときはそれを当然と思ったが、翌日になってよく考えて、はたして放送を中断してよかったのかとも考えた、そうおっしゃっていたのが印象的でした。

この分野の専門家である弁護士さん、その彼女でも「こうでもない、ああでもない」と考えをめぐらさないといけないわけですからね。

 

リゼルクリュに関する話は、バイオグラフィーにすぎなかったので、聞きながらネットであれこれ検索したり、不真面目な私でございました。笑

でも、講演者の女性の心酔ぶりは伝わってきました。

100年以上も前に、こういう自由で進歩的な人が生きていたというのを思うと、彼女が尊敬してやまない気持ちはとてもよくわかる。

 

ものすごく短いけど、Wikiに日本語の記事もありました。

エリゼ・ルクリュ - Wikipedia

 

ナダールが撮影したポートレートです。

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今日は木曜日なので、また午後はコンフェランス。

今日のテーマは« Le financement public des religions en Europe »ヨーロッパにおいて公共のお金が宗教にどう使われているか、という話だろう思うのだが…。

 

 

上に貼り付けた3月の記事ですが、読み返すと第1回目のロックダウンに入ったばかりで、補償の話にも触れていますね。

 

まだもらってます、月々の補償金。

10月以降は、私も倍額もらえるようです。

今年は社会保険費の負担金、全部免除してもらえました。

加えて、ブリュッセル首都圏政府の援助もまたいただけることになりました。

同様に援助をしてもらってる友人たちと、あまりにもありがたい、今後ちゃんと我々が落とすお金が国に税金として入るようなお金の使い方をしないといけないねえ、なんて語り合ったことでした。

 

私は店舗を構えているわけでも、特別な機械や原料に投資しないといけないわけでもなく、身ひとつなので、もうこの援助だけで十分すぎるくらい十分。

 

先日の朝のラジオのニュースに首相が招かれ話をしていましたが、そこで「このコロナ禍の中で、今後裕福な層の人への増税をすることになるが、ものすごい我慢を強いられている人々のことを思って、協力してほしい」と言ってました。

 

 

 

昨日11月11日は第一次大戦が休戦協定を結んだ記念日。

毎年いろんな式典やそれにかかわる話が紹介されます。

今年はコロナ禍ゆえにどこも小さな式典でした。

「無名兵士の記念碑」のところでセレモニーが行われるのが常なんだけど、そこの記念碑には、無名兵士の代表として一人だけ埋葬されていることを、昨日のニュースで初めて知りました。

無名兵士はものすごくたくさんいたわけで、その中から「どれにしようかな」みたいな感じで一つの棺を選んだわけです。

ブリュッセルの国会記念塔に埋葬されているのは、戦争で盲目となった帰還兵が選んだ棺だそうです。

 

www.rtbf.be

 

www.rtbf.be

 

冷たいけどよいお天気

最近のニュースの主なる話題は、米国の選挙、Covid-19、つづいてテロ関係、というところ。

米国の大統領選はかなりの接戦ですが、もしコロナ禍がなかったらトランプは悠々再選だったんでしょうか…。

 

 

とても良いお天気が続いています。

気温はぐっと低くなり、最低気温が氷点下になった地域もあったようです。

いつも思うけど、お天気がよくて冷たい日の黄昏時は、まるでマグリットの≪光の帝国≫みたい。

昨日の夕方、そういうマグリットの時刻、うちの窓からフォトを撮ってみました。

肉眼だともっとコントラストがあってきれいなんだけど。

しかもちょっとピンボケね…。

昨日の17時30分頃。

 

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Covid-19の第2波の中、毎年11月末から1月の第1週まで行われる≪Plaisir d'hiver 冬の喜び≫という行事も今年は中止だそうです。

クリスマスマーケットや光と音のショー、特設アイススケートリンク、ビデオマッピング、などなど、ものすごい人出になるんですけどね。

 

今年、コロナ禍の中、人々はクリスマスをどう過ごすのでしょう。

 

 

FB上で見つけた興味深いビデオをふたつ貼り付けておこう。

 

 

これ ↓ トルストイの声が聴けます。

亡くなる1年前のもの。

ミュージシャンでありプロデューサーでもある米国人がロシアに赴き「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」が執筆されたその家で録音した、トルストイが語る宗教観。

彼はロシア語、英語、ドイツ語、フランス語の4つが使えたそうですが、その4つの言葉で話すのを録音、このビデオではフランス語で話しているものが聞けます。

宗教とは、永遠なる命との、神との、その関わりのこと。

人間は弱く悲惨な存在だが、その魂に神の光を受けたとき、この世界でもっとも力のある存在となる、と。

 

www.facebook.com

 

19世紀、銀板写真の技術の登場で、人が亡くなった時、写真家があたかも生きているかのようにいろんな道具を使ってポーズを取らせたうえで、亡くなったその人のみ、あるいはその家族や友人とともに記念写真を撮ることがよくあったらしい。

死を恐れるものとみなすのは、ほんの最近の傾向であって、人は以前はそういう捉え方はしていなかった、と。

おもしろいのは、写真を撮るためには5分間じっとしていないといけない、生きている人はどうしてもわずかに動いてしまうので少し画像がボケるんだけど、亡くなった人はびくとも動かないのでボケないんですね、だから写真を見ると、どの人が亡くなっている人かわかる。

イギリスではあたかも生きているような撮り方はしないで、〈美しい死〉として撮られたそうです。

ここで紹介されているひとつのエピソード、若い女性が亡くなり、埋葬の10時間前にベッドに横たわった彼女を写真撮影。

ところが出来上がった写真の彼女、少しボケて写ってた、つまりわずかに動いている、それで亡くなっていなかったことが判明し、生きながら埋葬されることが避けられたんだそうです。

カタトニーの症状で動かなかっただけだったんです。

生きながら埋葬…。

私は教会とかで立派な石の棺を見るたびに、もし死んでないのにこんなのに入れられたらたまったもんじゃないよねえ、なんて想像して怖くなるんですが、その想像が現実味をおびてしまった。

www.facebook.com

 

ちょっと笑った記事。

www.gizmodo.jp

カエルくんとガマくんのシリーズの作者であるアーノルド・ロベルに関する記事。

www.newyorker.com

 

しばらく前のニュースで、仏語の辞書、Robert 特に私はDictionnaire Historique de la Langue Française (新しく仏語の単語を覚えるたびに、なんでそういうの?と訊ねる私に、さすがにうんざりしたモト夫が、すごいケチだというのに買ってくれた、仏語単語の歴史的背景を説明する辞書 笑)に世話になってますが、その生みの親のAlain Rey氏が亡くなったと。

「言葉」というのは、そこを通して歴史を見る「窓」です、とおっしゃっています。

 

www.facebook.com

 

コロナウィルスに関する記事。

this.kiji.is