この1週間の備忘メモ

9月ももう残すところ1週間足らず。

この調子だと2022年もすぐに終わっちゃいますね。

 

この1週間のことをメモしておきます。

特に Journées du Patrimoine の2日間に見たこと・聞いたことはメモしておかないと、時間が経つと私のちっちゃい脳みそには記憶が残らない恐れがあるので。

以前はこの二日間、あっちこっち欲張って回っていましたが、もうそういうエネルギーはなくなり、一日に一カ所ずつ、それもうちからトラム1本で行けるところのみ、にしました。

 

 

17日土曜日、この日は「歴史的エレベーター巡り」に参加しました。

ガイドを務めたのは、Homegrade という「歴史的に重要なこものはちんと保存しながら、家屋を現行のセキュリティ規定に沿ったものに改修するためのアドヴァイスをするブリュッセル首都圏の組織」に所属する方たちでした。

この組織のメンバーは、その活動の性質から建築家の方が多いそうですが、この日ガイドを務めたお二人は美術史家でした。

homegrade.brussels

 

今年の Journées du PatrimoineのテーマはTrace de la colonisationですから、その中でエレベーターの話となると、一見テーマから逸れているっぽいですが、建築にはマホガニーといった、当時の植民地であったコンゴから持ってきたものが使われたりしたわけです。

 

全部で4か所まわりましたが、最初のところ以外はプライベートだったのでフォト撮影はできませんでした。

 

イヴェントのプログラム ↓ に載っているフォトは4軒めのアパルトマンのものです。

heritagedays.urban.brussels

このフォトを見てもわかるように、金網があるだけなので、階段を上るとき容易に手が危ないところに入っちゃうんですね。

セキュリティのための改修は今年中にやらないといけない規定なのですが、こういった文化財とみなされるものに関しては、2027年まで待ってくれることが決まったそうです。(でもまだ決まったばかりで執行には至ってない)

外観を損なわないうえでの安全対策として、エレクトロニック技術を用いることになるそうです。

お金もかかりますからね、首都圏政府が助けてはくれるでしょうが、まだまだクリアするべきポイントがあるようでした。

 

ブルジョワ階層の人々が、旧市街から出て数階建てのアパルトマンに引っ越すことを受け入れるに至ったことの大きな要因が、「エレベーター誕生」だったわけです。

 

キャビンの中は、上述したようなエクゾティックな木材や鏡などが用いられた豪華なもので、腰掛や(今は絶対使われない)灰皿なども備えてありました。

 

唯一フォトを撮ることができたのは、現在中等学校の一部であるチャペルの塔内に備えられたもので、1919年のもの。

プランはもっと前にできていたけど、第一次大戦にはいっちゃいましたからね。

今は動いていませんが、修復されるそうです。

 

見上げたところ。塔は5階建て。

見下ろしたところ。

地下にあるメカニズム。

 

この組織が発行している説明書のうち、メカニズムに関するもの。

誰でもダウンロードできます。

https://homegrade.brussels/wp-content/uploads/Publications_internes/brochures/Homegrade_pat_AscenseursAnciens.pdf

 

 

2日目、18日日曜日。

ボエル邸の内部の見学ツアー。

ガイドは、たびたびこのブログで触れるARAUのメンバーの方。

この邸宅の中が見られるのは、今年が初めてです。(だからこれを選んだのである)

最近オーナーになったお金持ちの銀行家の方が、修復に向け文化財と認めてもらったので見学が可能になったわけです。

でもフォト撮影はNGでした。

ボエルというファミリー名を聞くと、最近6代目の国王アルベール2世の娘であることが公式に認められて王家の仲間入りしたデルフィーヌさんの戸籍上の父親だった有名な実業家、最近亡くなったボエル氏が思い出されます。

この邸宅はデルフィーヌさんの大叔父さんだった(過去形 笑)人のものでした。

 

この建物があるのはロワイヤル通りといって、旧市街にある王様が執務を行う王宮と、北東にある住まいの王宮を結ぶ道で、旧市街から出る道路としては、ブリュッセルで一番最初に通された道です。

今はちょっとごみごみしているんですけどね、重要な建物や当時の大金持ちの人たちの邸宅がありました。

 

建物入り口付近から見た通りはこんな感じ。

突き当りに見えるのは聖マリア礼拝堂で、プッチーニのお葬式が行われたところです。

彼はブリュッセルで亡くなったので。

ボエル邸の外観。

道の真ん中を人が歩いていますが、毎年この日曜日はノーカーデイ。

公共の交通機関以外は車を走らせてはいけない日なので、トラムに気をつけてさえいれば大丈夫なのです。

 

プログラム ↓ にも記されているとおり、外観はブリュッセル特有のボザール様式ですが、内部はアレコレ混ざってます。

heritagedays.urban.brussels

 

暖炉や柱などなど、趣味で集めた16・17・18世紀の骨董を利用してあり、スペースによってはフランダースルネッサンス様式だったり、バロック風だったり、いろいろ。

私にはあまり趣味がいいとは思えませんでした。

ものすごく豪華だし、おもしろくはありましたけどね。

 

ボエル家はもとはナミュールです。

最初は鋳物業の職人だった。

働いていた鋳物工場が経済的困難に直面した時、その危機を救う大活躍をしてパトロンの信頼を得たのだそうです。

そのパトロンには後継者となる子供がいなかったので、全部彼が受け取った、それがこの大金持ちのファミリーの始まりだそうな。

 

趣味で集めた古い建材等を利用して建てたと聞くと、私はアントワープのMayer van den Bergh ミュージアムを思い出します。

museummayervandenbergh.be

美術品のコレクションが第一に重要だったフィリッツ・マイイェル・ヴァン・デン・ベルグ、若くして亡くなってしまうんですが、彼の母親が彼のコレクションのために作ったミュージアムです。

建物は19世紀のものなんですが、建物のあちこちに彼のコレクションだった暖炉や窓などが使ってあって、それに合わせた建物になってるんで、16世紀頃のものに見えます。

ここでは、フランダースとしては唯一、ブリューゲル父の作品が観られます。

例えば これ ↓

このミュージアムで私が一番好きなのがこれ ↓

13世紀の作品、イエスと福音者のヨハネ

 

ボエル邸の話に戻ると、ここは1958年からMGMに、1970年から2013年まではユナイティッド・ピクチャーズにレンタルされていたそうです。

あちこちに映画のポスターが貼ってあった跡がありました。

 

テーマに関わる大事なことを書き忘れちゃった。

このファミリー、財を成した理由の一つに、コンゴに砂糖工場を持っていたことがあります。

コンゴの人たちを奴隷のように使って、です。

 

 

 

19日月曜日、大学で初講義。

前期は月・火が「哲学・美術史」です。

その時代ごとの哲学・思想が芸術にいかなる影響を与えたか、という講義かと思いきや、月曜日が芸術史で火曜日が哲学と分かれた講義だと判明。

あれ、ちょっと思ってたのと違うぞ、と思いましたが、この美術史の講義は、前年度受けた美術史概論よりもっと的を絞ったやり方でルネッサンス以降の美術を見ていくもので、これはこれで面白そうです。

先生は40歳くらいの、ものすごくカッコイイ女性です。

 

火曜日の哲学の講義は、歯医者のアポと重なってしまい、仕方なく歯医者優先にしたので、まだどんな先生のどんな講義かは不明。

 

哲学の用語と概念の歴史は後期の講義となります。

これが一番のオタノシミだったのですが、まだオアズケ状態。

 

 

 

19日火曜日の午後は、オミクロン株に対応した4回目の対Covidワクチンの接種に行ってきました。

たぶん感染・発症しているので抗体があるのかもしれないけど、結局ちゃんと医者にかかったわけではないので、念のため。

接種後の副作用は、今回も何もなし。

ホントに私の鈍感力は…これって賞賛に値するのではなかろうか。笑

 

 

ワクチン接種の帰路に、Victor de Laveleye 氏の家がうちのすぐそばにあることに初めて気づきました。

この方、第2次大戦時に亡命先ロンドンからラジオ放送を行ってたベルギー人で、私たちが普通に使っている勝利のVサインを生み出した人です。

仏語の勝利を表す言葉Victoireの、そして蘭語の自由を表す言葉Vrijheidの最初の文字〈V〉を取って、Vキャンペーンというオペレーションを行ったのです。

 

Vサインの話は、以前バストーニュにある戦争博物館に行った時に知りましたが、こんなに近くにこの方の家があったことに「おおおおっ」と思いました。

 

 

21日水曜日は、国上げてのマニフェスタシオンだったので、交通機関もまともに動かないし、うちでおとなしく過ごしました。

 

22日は、暖房費援助(うまくいけば国から300ユーロもらえる)の申請書を郵便局で書留で送付。

 

 

そして昨日23日金曜日は、友人と恒例の月に一回のランチ日でありました。

 

この日いつも前を通るリック・ワウテルスの作品、そういえば作品名ってなんだろうと思い初めて確認しました。

タイトルは 家庭の悩み でありました。

今日の食事はどうしよう、って感じかな?

例によって友人より10分ほど早く到着、泡を飲みながら、今日のランチ、どちらにしようかな、と考え中。

私はスターターはカジキマグロのマリネを選び、彼女は森のキノコの炒め物。

メインはふたりとも、アンコウにパルムハムを巻いたもの。

添えてあるシコン(ニッポンではチコリと言うんでしたっけ?)の蒸し煮を焼いたものがものすごくおいしかった。

 

 

 

 

ウクライナ戦争ですが、ウクライナ軍が挽回し始めた頃、戦争の終わりが近づいてきたのか?とも少し思われましたが、一昨日だったか、プーチンが30万の予備兵を招集するようなことを発言するに至って、またまた怖い様相を見せ始めてきましたね。

ロシアを去る人たちもたくさんいますが、ベルギーも普通の難民のかたちで受け入れるようなことをチラッとニュースの見出しで読みました。

「普通の」ってことは、ウクライナからの避難民のような特別扱いはしない、ってことだと思います。

 

 

 

そしてエネルギー費高騰の新たな対策。

www.rtbf.be

 

 

なんだかもっといっぱいいろんなことを見聞きしたような気がするが、またFB上で見かけたフォトを貼ってもう終わりにしよう。

 

 

かわいい。でもお話を思い出し泣けてくる。

Giuletta Masina dans le film de Federico Fellini “La Strada”, 1954

 

 

この作品のジョニー・デップ、切なくてすごくよかったわ。

Winona Ryder et Johnny Depp photographiés par Herb Ritts sur le tournage de "Edward aux mains d’argent" (Edward Scissorhands) réalisé par Tim Burton, sorti en 1990

 

 

 

明日から毎日予定があるので

明日から毎日ちょっとした予定が入っているので、今日のうちに忘れないようにいくつかメモしておきます。

 

 

イレーネ・パパスも亡くなりましたね。

とても美しい人だと思うけど、手足はそれほど…などと思う私。ごめんなさい。

(私は人の≪手≫がとても好きなので、つい目が行ってしまうのである)

ゾルバ・ル・グレックが一番有名なのかな。

私が最初に思い出すのはエレンディラです。

歌手でもあったとは知らなかったです。

ヴァンゲリスと一緒にいろいろ残してるんですね。初めて知りました。

 

 

まだまだSNS上でゴダールの話題が続いていますが、そんな中でこのポスターがすごくいいなと思ったので貼り付けておきます。

ゴダールの苗字の綴りが間違っている、そういう意味でもmythiqueなポスターなんだそうです。笑

 

 

 

スウェーデンにおける選挙結果には、うわあ、ここまで来たか…と驚かされました。

www.rtbf.be

EU理事会の来年前半の議長国はスウェーデンです。

右+極右の勝利の理由は、どこの国も今直面している経済的な問題がありますが、同時に犯罪の増加というのがものすごく大きいそうです。

中道右派は、ずっと野党であることを終わらせたい、極右と組んででも、ということらしい。

 

イタリアももうすぐ選挙ですが、ここでもスウェーデン以上に極右政党の力が伸びていて、もしかしたらムッソリーニを敬愛しているというジオルジア・メロ―二という人が首相になるかもしれない。

しばらく前からこの件話題に上っていますが、先日イタリア特派員の人が話したことが興味深かったです。

彼女が言うには、イタリア人自身は「極右」という意識はない、と。

大きな困難の中では、少数の権利よりネーション全体にとっての「よいこと」が優先されると考えているのだ、という説明でした。

www.rtbf.be

 

 

昨日の朝のラジオで、ニッポンが大好きな人に朗報、VISAがなくとも入国できることになりました、という話が出ました。

ニッポンを数回訪れたというひとが解説してました。

ニッポンは物価が高いというのは大間違いで、5ユーロ~7ユーロでちゃんとした食事ができる(この額だとベルギーではサンドイッチぐらいしか食べられない)、宿泊も35ユーロくらいあればちゃんとしたホテルに泊まれる、英語もほとんど通じなかったり表示が日本語しかなかったりだったけど、今はテクノロジーの発達でインフォもカンタンにゲットできる、JRパスやスイカを活用すれば、びっくりするくらい安くてカンタン…などなど。

 

VISAの取得が必須だったとき、必須なのに大使館のTELが全くつながらず、たいへんだったらしいです。

たった1本のTELしかなく、パンク状態だったらしい。

オンラインで予約できるようにすればよかったのに、ですよね。

不思議…。

 

 

 

今日からCINEMATEKではクロサワの作品が 30作上映されます。

昨日はそれに先立って招待客に試写会が催され、例によって招待されていた友人に便乗させてもらいました。

上映作品は 隠し砦の3悪人 私は古い作品の方が好きなので、便乗させてもらえてラッキーでした。

CINEMATEK ↓ 

www.cinematek.be

 

ゴダールトリュフォーも、他の有名監督たちも、私はそれぞれの古い作品の方が好きです。

 

 

 

 

明日・明後日は Journées du patrimoine 、ここ数年天気に恵まれたけど、今年は悪天候のようです。

もうすっかり秋です。

ついこの前までの暑さがウソのように、気温も冷たくなりました。

 

月曜日から大学の講義もスタート。

朝8時からの講義ではないので、前年度みたいに早起きはしなくてもよくなりました。

 

大学は今年が現在のソルボッシュに越してきてから100年記念だそうで、それにちなんだいくつもの無料ガイドツアーが企画されています。

私もそのうち一つ選んで参加します。

 

王立アカデミーのコンフェランスがスタートしましたし。

 

全部無料。めでたい。

 

文化的生活を送る権利、ってやつを行使するのである。笑

 

 

 

またフォトを貼ってオシマイにする。

 

Jean-Luc Godard et Anna Karina photographiés par Raymond Cauchetier, 1960



Irène Papas, 1956

 

カミーユ・クローデル の撮影時。

カミーユ・クローデルも今の時代に生まれていれば…と考えないではいられないアーティストのひとりですよね。

それにしても美しいです、イザベル・アジャ―ニ。

Isabelle Adjani photographiée par Marianne Rosenstiehl sur le tournage de “Camille Claudel” réalisé par Bruno Nuytten, 1987

 

ふたりとも若くてかわいい。

この映画の3人のJean、みんな死んじゃいましたね…。

À BOUT DE SOUFFLE - Jean-Luc Godard (1930-2022) 🕊
Jean Seberg & Jean-Paul Belmondo sur le tournage de "À Bout de souffle" assis devant l'entrée du Cinéma le Mac Mahon dans le 17e arrondissement de Paris.

 

今度はゴダール・・・

昨日、ゴダールが亡くなったことが知られた後は、私のFBもTwitterも、ゴダールへのオマージュだらけになりました。

興味・関心の所在が共通している人とつながり、あるいはフォローしているから当然なのでしょうが。

 

今日はその中から、フォトやヴィデオや記事などいくつか貼っておきます。

 

Claude Lelouch, Jean-Luc Godard, Francois Truffaut, Louis Malle and Roman Polanski - Cannes, May 1968.

 

Jean-Luc Godard, Jean-Paul Belmondo et Jean Seberg photographiés par Jacques Boissay sur le tournage du film "A Bout De Souffle" sur les Champs Elysées, Paris, août 1959

 

March 1961: Jean-Luc Godard and Anna Karina on their wedding day. (Photo by Agnès Varda)

 

 

www.liberation.fr

 

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Cahiers du Cinéma  ↓ 

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Jean-Luc Godard est mort.
Cette phrase, il est difficile de l'écrire et de la penser tant il aura traversé, par ses films et ses paroles, ces sept dernières décennies avec une constante lucidité, une inégalable vivacité d'esprit et sans perdre une once de son génie. Il nous aidait à penser et à voir le cinéma dans son histoire et l'histoire à travers le cinéma, et il faudra chérir ce legs comme un trésor infiniment précieux, avec lequel nous ne cesserons de dialoguer. Quant à ses films, Jean-Pierre Melville avait raison d'affirmer qu'ils deviendront des classiques, c'est déjà le cas d'À bout de souffle, du Mépris ou de Pierrot le fou. Car leur invention et leur insolence n'auront jamais répondu à un simple désir de secouer, de provoquer, et encore moins de correspondre à l'air du temps ou aux modes ; comme chez tous les grands modernes (Picasso, Matisse, Joyce...), son art était au contraire enraciné dans une grande connaissance des anciens. Les hommages vont pleuvoir, tout le monde ira de sa petite phrase, mais l'important est que jamais personne n'ait l'idée de le mettre dans un Panthéon, d'officialiser sa grandeur, lui qui échappa soigneusement à toute gloire, à toute récupération. Lui qui opposait à la règle de la culture l'exception de l'art. Lui qui voulait que l'on grave sur sa tombe cette épitaphe : « Au contraire ». Jean-Luc Godard est mort et nous sommes nombreux à penser que le cinéma et l'humanité sont ce matin plus désarmés qu’hier.
 
 
 
 

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ユータナジーを認めるスイスで…、ということでしたね。

 

ベルギーはユータナジーを認める国なので(子供のユータナジーまで認めている点では、たしか世界唯一の国だと思う)、わりと身近でそういうケースは耳にします。

しばらく前にこのブログに、うちの子供の仲よしくんからイッセイ・ミヤケの本をもらったと書きました。

その子の母方のおばあちゃんも、1年くらい前だったかな、病気じゃなかったんですが、ゴダール同様に人生に終止符を打つことを決意、家族に囲まれて亡くなりました。

95歳前後だったと思います。

ユダヤ人で、大戦時に兄弟を殺されたり、自身もひどい目に遭ったり、そういう経験もされていました。

とても勉強好きで、いろんな言語を話すこともできたそうです。

(ニッポン語もそれに含まれていたらしい)

 

私は、私の死が、どのタイミングでどういう風にやってくるのかよく考えます。

母が74歳で亡くなったので、私もそのくらいかな、なんて思うんですが、こればっかりは自分で決められないというのが、今後のあり方を決める大きなネックだったりするんですよねえ…。

自分で決められないという厄介さを思う時、上述のおばあちゃんやゴダールの考えにものすごく共感をおぼえます。

ま、自分の人生の安直さを思うと、「共感します」なんて口走るのは恥ずかしいですけど。

 

「死」って哲学的命題ですよね。

「私の」「あなたの」「誰かの」死ってそれぞれ違いますしね。

 

(追記・日本語ではユータナジーは「安楽死」と訳されて使われていると思いますが、そう訳すと、本来の意味が損なわれてしまうと思ったのでユータナジーと書きました。

ユー=euで、もともと「よい」という意味、タナジータナトス=死 なので、ユータナジーとは よい死 という意味。
何をよい死と考えるかは人によって異なるはずで、各人がそれを選ぶことを許すかどうか、ベルギーでは「選べる」システムなわけです。

 

 

 

さて、女王様逝去によって、こういう話も ↓ 出てきているのが興味深い。

www.rtbf.be

 

英国民にも、英国は共和国になるべきだ、という考えの人が一定数いて、この機会にそういうマニフをしている人たちのことも、ニュースで紹介されていました。

 

 

 

FB上で目に留まったフォトなど貼り付けておこう。

 

 Jean-Michel Basquiat et Andy Warhol photographiés par Richard Schulman, 1984

 

 

 

 Bert Six (Américain, 1902-1967), Julie Harris et James Dean dans "À l’est d’Éden" (East of Eden) réalisé par Elia Kazan, sorti en 1955

 

 

追加・さっきFBでarteの28 minutes でのインタビューを見かけたのでこれも貼っておく。

www.facebook.com

 

朝から晩まで・・・

木曜日の午後からずっと、朝から晩まで英国王家の話題が続いてます。

 

木曜日、オンラインでRTBFのサイトを開くと、スタジオにはゲストを迎えての特別ニュース番組で同時に英国からのライヴ中継。

まだその時点ではエリザベス2世が亡くなったという取り上げ方ではなかったけど、その雰囲気から「おお、これは・・・」という感じでした。

その後、公式に逝去が発表されたわけですが、もうその前にTV局は把握していたからこういう放送の形になったんでしょうね。

それからずっと今に至るまで、朝から晩までこの英王室の話題だらけです。

一昨日夜からその重きが、女王さまから新しく王位に就いたチャールズ3世に少しずつ移動した感じになりました。

私にはもうお腹いっぱいという感じですが、英国人や英国に縁のある人たちにとっては、祖母、あるいは母を失った感じなんでしょうし、世界にとっても、エリザベス女王は「王家」といったものの象徴的存在でしたし、ものすごく大きな話題であることは間違いないです。

 

チャールズさんってケンブリッジでは考古学・文化人類学を修めたのだそうですね。

以前から環境問題に熱心なことはよく知られていましたが、なるほど、と思いました。

 

彼らはものすごく細かく定められたプロトコルに従わないといけないわけですが、そういう点でとても慎重だった女王様と比べると、チャールズさんは慎重さに欠くところがある、王位に就いて変化するか、みたいな話を専門家がしていました。

 

私にとっては、興味深い歴史・文化的な話がいっぱいではあります。

 

 

ベルギーの王室と英国王室はとても近い親戚関係にあります。

 

最初の王様レオポルド1世はヴィクトリア女王の叔父さんですし、ヴィクトリア女王が人目惚れで結婚したアルバートは、ベルギー王室同様ザクス=コブルグ=ゴータ家の人。

(ベルギーが独立した際、誰を王とするか、何人も候補があった中でザクスコブルグゴータのレオポルドが選ばれたのは、ワーテルローの戦いで功績のあった英国の発言権が大きかったのではないかな?と私は思う。レオポルド1世の最初の結婚相手は英国王位継承権1位だったジョージ4世の一人娘だったシャーロット。)

 

ザクスコブルグゴータではなくウィンザーと苗字を変えたのは、第一次大戦後ドイツの印象が英国民の間で悪かったからドイツ風を避けるためだったと、どこかで読んだ記憶があります。

 

エリザベス女王は、原則的に他所の葬儀には参列しない方針だけど、ボードワン国王(ベルギーの5代目の王、1993年に63歳で逝去)の葬儀には唯一の例外として参列、 とても近い親戚だし、年齢も近いし、仲良しだったんでしょうね。
どちらも若くして王位に就いた者同士ですし...。
 
 

 

 

昨夜のお月さま。

肉眼ではハッキリまん丸に見えていたんですが、フォトでは雲に溶け込んでいて、これはこれできれいだなあ、と思いました。

そばでジュピターも光ってます。

 

 

 

FB上で最近よくエリュアールの詩を見かけるのだけど、このフォトは「おおっ」と思った。

エリュアールとガラがふたり一緒に写ってるのを初めて見たので。

まだガラがダリのもとへ行く前でしょうね。

 

 

 

 

今日もメモ

前回から1週間経ったので、ちょいとメモだけはしておこう。

 

ビールウィークエンドは楽しかったです。

こんな ↓ お天気でした。


招待されていた友人に便乗させてもらったわけだけど、私ってこういう風に他人様に便乗させてもらうラッキーなパターンが多いなあ、と、今さらのようにその他人様たちに感謝であります。

 

今まで飲んだことのなかったビールから選んで何種類か味わいましたが、この醸造所の ↓ Bon soucours tradition というのが一番おいしかった。

「今日味わった中で一番おいしかったよ」と言うと、すごく嬉しそうでした。

ビール業界に詳しい上述の友人によると、少ない量だけどこの醸造所のビールも日本に入っているらしいです。

 

大好きなDuvelの醸造所の社長さんと一緒に写真を撮らせてもらったりしたのである。

この方のアートのセンスがとても私の好み、加えて、経営の仕方がとてもよいと思っていて、ファンなのであります。

一時期上場していたのだけど、とても経営状態がよく、自社で株を全部買いとったうえで上場を止め、利益は全て会社のために投資することにした、と何年か前にこの醸造所を仕事で訪ねた際に説明を受けました。

社長さんだけでなく社員の方たちもみな若々しくてポジティヴでした。

うまくいっている何軒もの小さな醸造所が傘下に入り、それぞれの特徴を損なうことなく一緒にやっています。

小さな醸造所は、自ら販路を広げるのはカンタンじゃないので、メリットが大きいんですね。

 

ビール業界もコロナ禍では大きな打撃を受けましたし、今年の猛暑と水不足でホッブの生産状況が悪く、エネルギー代の高騰に加えこれも高騰。

 

これでもかこれでもかとタイヘンなことは続くものですね…。

 

 

 

一昨日アルデンヌでは不思議な雲が観察されたようで、昨日は朝からFB上でその雲のフォトをいっぱい見かけました。

そしたらニュースでも取り上げられましたから、よほど珍しいことだったようです。

専門家による説明。

Il s'agit donc d'un Cumulus Congestus Pileus. C'est un  cumulus qui se développe en formant une tour et l'air qui l'entoure monte si rapidement qu'il se condense en une sorte de nuage "capuchon": un nuage lenticulaire, ce qui est assez rare dans nos régions.

自分で訳すのがメンドウなのでオンラインで翻訳すると ↓ :

「積雲 Congestus Pileus です。 それは塔を形成して発達する積雲であり、それを取り囲む空気は非常に急速に上昇するため、一種の「キャップ」雲に凝縮します。これは、私たちの地域では非常にまれなレンズ状の雲です。」

 

 

 

数年前から Jounées du Patrimoine  の頃は、Journées du Matorimoine というイヴェントが行われます。

Pat...(父) ではなく Mat...(母) で、フェミニズムの、あるいはジェンダー・フリーの視点での企画。

毎年 Patrimoine のイヴェントに気が向きすぎて、あ、そういえば・・・と思い出した時はすでに関心のあるテーマのガイドツアーは満員になってしまっていて、まだ参加したことがないのでした。

www.matrimonydays.be

このふたつ ↓ 参加したかったのだが…。

The Brussels Brontë Group guided walk: In the footsteps of Brontë Sisters in Brussels

The Brussels of the witchers: Feminist guided walk with Chiara Tomalino

来年は忘れずにプログラムをチェックしないといけません。

 

 

 

ゴルバチョフ関係で読んだ日本語の記事で興味深かったもの。

spinou.exblog.jp

 

突然炎のごとく の撮影時。

自分にとって一番の映画を選ぶなんて困難だけど、もし絶対に一つ選ばないといけないとしたら、これだと思う。

Jeanne Moreau photographiée par Raymond Cauchetier sur le tournage de "Jules et Jim" de François Truffaut, 1961

 

9月に入った

9月に入りいろいろと動き始め、私も少し気合を入れないといけない時期です。

 

毎年恒例のお楽しみイヴェント、journées du patrimoine 文化遺産の日、今年は17日&18日です。

heritagedays.urban.brussels

モタモタしていると参加したいガイドツアーはすぐ満員になっちゃうので、今回は今日から可能になる予約をパッとやろうと思い、PCの前に貼りつき、9時になった時点で予約ページに行こうとしました。

同じことを考えている人が他にもいっぱいなんでしょうね、混雑しているらしくなかなかページが開かない。

それでもなんとか一番心惹かれた「歴史的エレベーター巡り」の予約を完了。

他にも1カ所か2か所予約したい。

私が予約したツアーは、予約スタートから1時間半でもう既に満員になっていました。

 

今年のテーマは traces de colonisation です。

いろんな大使館や大使公邸も公開されます。

一番狙っていたのはゲットしたので、あとは落ち着いてゆっくり選ぶとしよう。

 

 

 

大学の講義も12日から始まります。

私がリクエストした講義が聴けるかどうか、9日までにはっきりします。

今年の一番狙いは、哲学用語と概念の歴史、2つめが 哲学と芸術史 です。

これは前期・後期にまたがる講義、このふたつで私のようなケースが取れる講義時間はいっぱいいっぱいになるはず。

時間割でこのふたつが重ならないことを祈る。

 

 

 

ヴァカンスの時期に入ってから、年金関係に必要な書類を提出するように、という指示があったんですが、めんどくさくて放っていました。

これも終了。

昨日うちから一番近い郵便局に行って投函してきました。

その郵便局に着いた時、開いている時間帯なのに、入り口の扉が閉まっていて困惑している40代ぐらいの女性がいて、私も一緒に押したり引いたり...、開いているはずなのにおかしいね、横にあるブザーを押そうか、って話になったところで、その扉横の自動扉が開き人が出てきました。

私たち二人、本来の入り口である自動扉ヨコにある、時間外の特別な扉を開こうと格闘していたのでした。

「私たちって石器時代の人みたいだったね」と大笑い。

朝っぱらから大笑いでスタートできるなんて、きっと今日はいい日だわ、と話し合ったことでした。

それにしても、ブザーを押す前に気づいてよかったわ。

 

 

 

今一番大きな話題は電気・ガス代の高騰です。

スペインとポルトガルは、支払い額の限度を定め、一定額以上払わなくともいいことにしたそうです。

(スペインでは、公共の交通費を無料に、あるいは半額にすることになったようなことを昨日ニュースで言ってました。政府の負担は大きいけど、それでもガソリン代の値下げとかをするよりまだ負担が少ないそうです。)

この方法をベルギーが取ることは難しい。

というのも、接している他国が多く、国境を越えてこちらの電気・ガスを購入されるようなことになると、問題が起こるからです。

 

ベルギーでは昨日政府の対策会議が開かれました。

この会議、具体的な対策が決定する、というのではなく、ちゃんと対策しますよ、ということを示すもの、って感じでした。

政府が値下げをしたり最高支払い額を設定することは、EU内で足並みをそろえる必要があるので、まずそこから、です。

今VATが21%から6%に下げられていますが、今年末までの予定がさらに延長されうる、一度だけ各世帯に100ユーロの援助がありましたが、同様の援助がまた行われるかも、といった話などなどでした。

と同時に、個々人の節エネの努力を呼び掛けていました。

たとえば、不要な照明を消し暖房温度の設定を1度低くするだけで大きな節約になると。

(私も、いつもつけっぱなしにしてるモデムを就寝時に消すことにした。)

いろんな対策には時間を要するので、緊急の援助を必要としている人たちにどうするか、具体的対策を早く知りたいところです。

www.rtbf.be

 

 

 

 

先週金曜日は、友人と恒例のランチ。

 

スターター、私はカルパッチョ

 

彼女はタコのサラダ。

こっちにすればよかった、と後悔した私。笑

 

メインはホロホロ鳥に森のキノコを詰めたもの。

ちょっと塩辛すぎたけどおいしくはあった。

 

 

帰路、OXFAMのウィンドウで見たワニの筆箱、可愛いので欲しくなったが完全なる無駄づかいなので我慢。

 

 

 

明日はブリュッセルのビール・ウィークエンドがスタート。

グランプラスはタイヘンな人出となるでしょう。

友人のジャーナリストが関係者として招待されたそうで、一緒に行かない?と誘ってくれたので、ホイホイ行ってきます。

一般公開される前の2時間は関係者のみなので、ゆっくり味わって、その後はソソクサ退散する予定です。

楽しみです。

www.belgianbeerweekend.be

 

 

 

その他いろいろ。

 

なるほど、と思いながら読んだ記事。

dot.asahi.com

 

 

トルストイ、20歳。

Lev Nikolàevič Tolstòj, 1849.
"The truth is that the state is a conspiracy designed not only to exploit, but above all to corrupt its citizens."

 

 

Alfred Hitchcock et Francois Truffaut photographiés par Philippe Halsman, 1962

 

 

「追憶」撮影時。

この映画大好きで、何回観たかしら、ってくらい何回も観ましたよ。

Robert Redford et Barbra Streisand sur le tournage du film NOS PLUS BELLES ANNÉES réalisé en 1973 par Sydney Pollack

 

 

 

メモ

あと1週間で9月に突入。

 

昨日と今日も熱波で30℃超え。

これがこの夏最後の熱波かな。

でもお日さまの位置の変化ゆえか、今回はそれほど暑く感じないなあ。

(暑さに慣れてきたのか?笑)

もうしばらく前から、毎日4分ずつ日が短くなってます。

ということは、ひと月で2時間ってことですよね。泣

 

明日以降は涼しくなるらしい。

 

昨日の朝の空。

 

 

 

 

 

この数日、ものすごく大きな国内の話題。

www.rtbf.be

これはニッポンでも話題になった事件なので、覚えている方もいらっしゃるかも。

マルク・デュトゥルーというペドフィルに拉致・監禁され餓死した二人の少女ジュリーとメリッサ、加えてもっと年上だけどやっぱり誘拐され殺されたアンとエフュー、そしてやはり拉致・監禁されていた二人の女の子レティシアとサビーヌが、ポリスによって解放されるに至り、ようやく事件全体が明るみに…、という恐ろしい事件でした。

もう25年経ちます。

ベルギー人にとっては、ものすごいトラウマとなった事件です。

 

うちも娘が3人いますから、父親は彼女たちが誘拐される悪夢にうなされ、夜中にウオーッと叫んで目を覚ますくらいでした。

想像するだけでも恐ろしい・・・。

 

ジュリーとメリッサが餓死したのは、当時別件で刑務所にいたマルク・デュトゥルーに代わって、そのパートナーであるミシェル・マルタンが食事を運ぶことをしなかったから。

怖くて近づけなかったという理由だったと記憶します。

 

彼女も共犯ということで服役していたんですが、明日完全に自由になるんだそうです。

もうずいぶん前から刑務所にはいません。

条件付きで出所することができていた。

そのとき、彼女が女子修道院に入るというニュースに、ヒステリックな反発が起こり大騒ぎでした。

今度はその条件もなしになる。完全に自由。

 

いくら反省しようと、家族から引き離された上に監禁され、お腹を空かせて亡くなった子たちは生き返りませんから、犯した罪を生涯背負ってもらわないと困りますが、「法」という観点から何をどこまでできるか、という問題です。

 

被害者の家族にインタビューしていました。

ジュリーのお父さん(彼はこの事件後、SOSEnfantという、行方不明になっている子供たちを探す組織を立ち上げた)が、「修復不可能なことを犯したのだから、いつ出所しようと早すぎると感じる、しかしそれが法律だから受け入れる。社会が彼女を受け入れないことは、彼女自身が向きあうべき問題(であって、私たちの問題ではない)。」と言ってました。

 

ニュースでは、半年前に服役を終えて出所、しかしIDカード取得に半年かかり、健保組合に入るにも手続きがなかなか進まない、と訴えるモト服役者のケースも紹介していました。

アドミニストレーション上の問題その他で、「まだ刑務所の方が快適だった」と言ってましたが、出所してもまたその半数が刑務所に戻るのだとか。

 

 

 

そして、ヨーロッパの話題。

 

ロシアによるウクライナ侵攻から半年、昨日がウクライナ建国記念日だったこともあり、ここ数日はいつもよりずっと大きな扱いでした。

 

昨日はグランプラスにウクライナの人たち、ベルギーの人たち、EU委員会のウルスラさんなど、いっぱい集まった。

小便小僧もウクライナの民族衣装を着ています。

 

ベルギーには、ウクライナから逃れてきた人が3万4千人いるそうです。

 

そういえば、先月末、うちの娘たちとドートルモン展を観にいった時、次女くんに電話がかかってきて、彼女が英語で応対しているんで「誰と話してた?」と聞いたら、うちにいるウクライナ人よ、と言ってました。

仲良くしているみたいです。

 

もう半年もたってしまいましたね…。

 

www.lesoir.be

bx1.be

 

 

全然知らなかったので、へえええっと思って読んだ記事。

webronza.asahi.com

 

私もこの国に住んでいる統一教会で集団結婚したというカップル家族を知っています。

大学時代、原理研勝共連合統一教会というと「げええええっ」という感じだったので、知り合って話を聞いた時はびっくりしましたが、まさしくこの記事 ↑ に記されているような感じでした。

 

 

 

昨日久々に長女クンがやってきました。

すごくおいしいけどなかなか手に入らないというナポリのコーヒーを持ってきてくれたのです。

彼女が3週間前に(!)投函した、オルヴィエトで撮影したというきれいなフォトも昨日届いた。笑

 

もうずいぶん前から、郵便は週に3回しか配達されません。

今どき郵便物は多くないので、その週3回が何曜日なのか、その法則をまだつかめないでいます。笑

たぶん月・水・金だと思うんだけど、たまに違う日にも届くことがあって、???であります。

 

長女の話で興味深かったのは、キリコの孫に会ったこと(ジョヴァンニのお姉ちゃんの友だちらしい)と、ローマの通りで見かけたというピエトロ・パオロ・ナヴァロ Pietro Paolo Navarro の記念碑の話、1622年島原で火刑に処された、と記されていたそうです。

 

 

 

 

 

 

ホントの故郷は幼年時代だ、というリルケの言葉を添えたフォト。

"La verdadera patria del hombre es la infancia".
Rainer Maria Rilke
📷 Georgie Pauwels

 

 

前にも貼り付けたことのあるドロテア・ラングのフォト。

Dorothea Lange (Américaine, 1895-1965), Nouveau Mexique, 1935

 

 

ショッキングなフォト。

大戦直後にアムステルダムで撮影されたものです。〈空腹の冬〉

Emmy Andriesse (Néerlandaise, 1914-1953), Enfant avec une casserole - "Hiver de la Faim", Amsterdam, 1944-1945

 

 

夏の間ずっと、ニュースで水と橋に関する世界のいろんな場所を紹介していたんですが、「戦場にかける橋」のモトになったクウェー川鉄橋とその建設の話もそのひとつでした。

それを見たすぐ後に、Twitterでこのフォトを見かけたので。

British soldiers after their release from Japanese captivity in singapore, 1945.

 

 

 

 

アントワープの王立美術館、ずっと何年も改修工事をやっていたんですが、来月下旬についにオープンです。

なんと、フツー料金が20ユーロ!

これにはビックリしましたが、ミュージアムパスが使える、むふふ、嬉しいことです。

どういう風に生まれ変わったか、観に行かねば…。

kmska.be

フーケの「聖母子と緋天使」にまたお会いできるわ。嬉しい。

 

 

9月を目前にいろんなことが動き始めている感じです。

 

もっといろいろ目に留まったことがあった気もするけど、このへんで…。

 

あ、これを貼り付けるのを忘れてた。

ここ数年、ずっと思っていることなので。

www.facebook.com

Pour Albert Camus : « Mal nommer les choses, c'est ajouter au malheur du monde.»

L’origine de la violence émane souvent d’une incapacité à s’exprimer par les mots, d’où l’importance de maitriser une langue.

« La parole est le rempart contre la bestialité…» déclarait Jacqueline de Romilly le 25 janvier 2007 dans ‘’Le Point’’ :

« Apprendre à penser, à réfléchir, à être précis, à peser les termes de son discours, à échanger les concepts, à écouter l’autre, c’est être capable de dialoguer, c’est le seul moyen d’endiguer la violence effrayante qui monte autour de nous. La parole est le rempart contre la bestialité. Quand on ne sait pas, quand on ne peut pas s’exprimer, quand on ne manie que de vagues approximations, comme beaucoup de jeunes de nos jours, quand la parole n’est pas suffisante pour être entendue, pas assez élaborée parce que la pensée est confuse et embrouillée, il ne reste que les poings, les coups, la violence fruste, stupide, aveugle.»