いいな、と思った記事と、かっこいいな、と思った人

こちら、もうすっかり秋の気配。

でも最高気温は20℃くらいで、9月にしては暖かいかも。

 

日本では台風の被害が甚大だったようですね。

千葉の被害と、それにともなう停電・断水のニュースに、千葉に住む友人に「大丈夫?」というメールを送ったのだけど、届くことなく戻ってきてしまった。

元気にしてるかしら…。

 

今日は午後から仕事なので、この午前中の時間を使って、ちょいとブログを更新しようと思った次第。

何だか今年は忙しく、今月も来月も、日程はほとんど仕事で埋ってます。

ありがたい話なのだけど、なんせ体は一つ、もう年寄りだし、あまりがんばりたくない、でもフリーランスで仕事してると、働いてナンボ、いつパタッと仕事がなくなるとも限らないので、入ってきた仕事はやはり引き受けてしまうのよねえ…。

 

そんな中、昨日はオフ日、普通のゴミとして出せないゴミ(金属・家電・固いプラスティック・化学物質など)の回収日だったので、近くの広場まで、よっこらしょ、とゴミを出しに行ってきました。

壊れたイス、壊れたネコちゃんのおもちゃ、その他もろもろ。

すっきりしました。

でっかいゴミは電話をするとタダで回収に来てくれます。(と、区の案内のビラに書いてある、まだ利用したことないけど)

普通のゴミは5種類、袋の色で分けてあります。

オレンジ色→コンポストにできる生ごみ

青色 → 再生可能なプラスック、テトラパックなど

黄色 → 再生可能な紙類

緑色 → 木や葉っぱなど

白色 → その他のゴミ

決まった曜日に家の前の道に出しておけば回収してくれます。

 

けっこうゆるゆるでキリっとしていないベルギーですが、ゴミの再生率はヨーロッパで一番らしい。

なんでも、要求水準を低くすることで、ゴミに出す、という作業を万人向けにしているからだと聞きました。

なんかベルギーらしくておもしろすぎ。

 

 

さて、標題の「いいなと思った記事」はこれです。

gendai.ismedia.jp

正直なところ、最近の日本発信の一部の記事は、悪い意味で「独特」すぎて、とてもじゃないけど読む気もしなければ話題にする気もしない。

そんな中で、上記の記事は、普遍的な視座で書かれていて読んで気持ちいい。

とてもいい記事だと思う。

 

この記事を教えてくれた友人も、こういう記事を書いています。

これもいい記事だと思う。

webronza.asahi.com

 

で、「かっこいいな、と思った人」はこの人。

 

withnews.jp

>人を好きになるのは、相手の心の価値にひかれるかどうかが大事です

 

そうだよね。

 

ということで、仕事に出る準備に入ることとしよう。

 

記事ふたつ

その1

杉田水脈氏が9月8日に、パリの国際大学都市日本館で講演するというんで、パリ在の人たちが、「歴史修正主義者・差別主義者の杉田水脈氏のパリ講演に断固として抗議する」という署名運動をやったところ、11000筆集まり、この講演が行われないことになりました。

(場所が変わるだけみたいだけど…。)

 

一応その記事のリンクを貼り付けておきます。

クリックすると彼女の顔がワッと出てくるので、見たくない人要注意です。

キャンペーン · パリ国際大学都市日本館館長: 歴史修正主義者・差別主義者の杉田水脈氏のパリ講演に断固として抗議する。 · Change.org

 

 

その2

最近読んだとても良い記事。

できるだけたくさんの人に紹介したくなったんで、リンク貼ります。

logmi.jp

この夏3度目の熱波が去った

前回の更新からひと月以上過ぎちゃいました。

ひと月過ぎた頃、そろそろ更新しようかな、と思っていたらば、はてなブログから、「ひと月たちましたから更新しましょう、何を書くか思いつかなかったら、xxという発想や○○という発想が役に立ちます」みたいなメールが届きました。

よけいなお世話だな、と思っちゃって(私って性格悪いのか?)、更新する気がうせて今日に至ってしまった。

 

数日前からまたまた暑い日が続いていました。

前回ほどの暑さじゃありませんでしたが、昨夜雷とともに雨が降り、涼しくなりました。

前回の熱波が去った後、最高気温も20℃前後、早朝には部屋の暖房が入っちゃうくらい涼しかったんで、おお、また来たか、という感じでした。

日もだんだん短くなるし、お日さまも少しずつ低くなって、ああ、秋の気配だなあ、なんてちょいと寂しい気がしてたんだけど、やっぱり暑いとつらいわ。

 

夏のバカンスも、もうあと数日で終わり。

街の静けさも終わりです。

 

また「はてな」からアドバイス・メールが来たらいやなので、ちょいと更新しておこうと思った次第。

 

また猛暑がやってきた!

6月末に、アフリカからの熱波による猛暑がやってきて、その後はしばらくさわやかな日々でしたが、今週またまたやってきましたよ。

猛暑。暑いぞ。

今回はイベリア半島からの熱波だそうです。

前回は40℃くらいになるかも、と言いながらも、36℃くらいが最高でしたが、今回は明日木曜日がピークで、ほんとに40℃になるらしい。

ニュースではさかんに、ムリするな、働かないですむなら働くな、水分を取れ、と言ってます。

水不足も深刻です。農家はたいへんみたい。

 

家の中は、壁が石やレンガでできていてぶ厚いので、外気の暑さはけっこう遮ることができます。

昨日も仕事から戻ると、外気が入らないように窓を閉め、カーテンを閉め日陰にして出たので、家の中は涼しかったです。

 

今朝もそろそろ日が射し始めたので、窓を閉めカーテンをひいてます。

そういうわけなので、今のところ(午前10時)は室内は汗をかかないですむ程度。

もしそれでも我慢できないくらい暑くなるようなら、水でも浴びることとしよう。

 

明日は40℃の中出かけないといけない…。

ちょいとキョーフですが、目的地はユネスコ世界遺産に指定されてるスピエンヌの石器時代の洞窟。

地下なので、たどり着いてしまえば涼しいだろうと思います。(笑)

 

 

もう7月も下旬。

6月は日本からやってきた友達とイタリアを旅行しました。

35年前も彼女と一緒にイタリア旅行したのです。

計画はもう2月に立てていて、その時は宿の予約のみ済ませ、5月に入ってどうやって移動するか具体的に見てみたんですが、いやはや、ほいほいと宿は予約したものの、ちゃんと移動時間を考えていなかったので、けっこう無駄に時間を失うことに、その時点で初めて気づいてしまった。

イタリアってけっこう広いのね。

ベルギーみたいなちっちゃい国は、2時間も電車に乗ってると外国なんで、それに慣れている私は、宿から宿へ動く際に4時間も5時間もかかることに、思いが至ってませんでした。

大失敗。

せっかく早い時期に良い宿を押さえていたんで、今さら変更するのもイヤだね、ってことで、ま、しょうがない、移動で時間を失いましょ、という結論。

 

ブリュッセルからフィレンツェまでの航空券だったんで、往きは到着後すぐボローニャに移動したんだけど、最後にフィレンツェに2泊。

まだ本格的なバカンスのシーズンじゃなかったというのに、ものすごい観光客の多さにびっくりしました。

35年前はこんなんじゃなかったのに。

もう2度と来ないぞ、と思ってしまった。

自分自身もその観光客の一人なんだけど、そこはそれ、自己チューってやつです。

 

塩野七生さんの本を読んで以来、アルフォンソ・デステのファンである私は、フェッラーラのエステ家の宮殿に感動し、

ラヴェンナでは、ダンテのお墓参り、そして教会では5世紀・6世紀のモザイクに、ブルージュの11世紀・12世紀の建物なんか古いうちに入らないなあ、と思い知り、

35年ぶりのアッシジでは、聖フランシスコに思いを馳せ…。

 

残念だったのは、スロベニアに足を踏み入れなかったこと。

トリエステはもうすぐそこがスロベニアとの国境なので、いる間にちょいと足を伸ばそうと思っていたのですが、公共の交通手段は、午前中スロベニア側からイタリアへ、そして夕方イタリア側からスロベニアへ、というものしかなく、あちら側に泊まる予定のない我々、行けずじまい。

今思えば、タクシー使えばよかったのかもしれないけど。

すぐそばなのに、残念無念。

 

間を置きすぎたんで、これ以上書くことが思いつかないわ。

なのでオシマイ。

選挙の話:黒い日曜日

久々に更新。

忘れないように書き残しておきたいことはたくさんあったんだけど、忙しくてできませんでした。

忙しいって言っても、ホントのところはそれほどではないんですけどね。

 

5月に入っても、雪が降ったり、寒い日がけっこう続いていましたが、ようやくさわやかで良いお天気の日々がやってきました。

朝晩は肌寒いけど、日中は20℃前後という気持ちのいい気温で、日も長いし。

 

さて、26日日曜日、連邦政府議会、地域政府議会、EU議会の選挙の日で、そういうさわやかなお天気の中、投票に行ってきました。

ブリュッセル首都圏の投票場はすべてエレクトロニック、去年10月の地方選の時は、私のところはインフォルマティックのトラブルで、ちょいと並んで待たないといけなかったけど、今回はスムーズ、ほとんど待つ必要もなく、ほいほいと投票を終えて帰宅。

 

去年の6月からずっと旅に出ていた長女くんも、この投票日に間に合うように旅を終え、ブリュッセルに戻ってきました。

ベルギーでは投票は市民の義務なので。

行かないと罰金です。

取り締まりは、なんでもゆるゆるのベルギーらしく、それほど厳しくない印象ですが。

 

その日は夕方からずっと、TVでライヴで投票の結果に関する放送が行われていました。

もちろんTVのない私みたいな人でも、ネットでずっとフォローできます。

 

日本でも報道されたかもしれませんが、北のフランダースでは極右政党が、南のワロニアでは極左政党が躍進、特にフランダースの極右政党はN-VAという右派政党につづく第二政党になっちゃいました。

連邦政府でも第3政党に…。

 

連邦議会

www.rtbf.be

ブリュッセル首都圏議会では、議席は減らしたものの社会党が第一政党、緑の党が大躍進で第二政党。

極左のPTBも議席を倍以上に増やしました。

www.rtbf.be

フランダースはご覧のとおり、ナショナリストで右派のN-VAと極右のVBを合わすと、過半数とはいかなくとも、かなりの規模。

緑の党があまり増やせなかったのが意外でした。

www.rtbf.be

ワロニアでは、今までも強かった政党がなんとかそれぞれ第一、第二のポジションを維持したものの、緑の党極左が躍進。

緑の党の躍進には、若者たちが1月に入ってから選挙直前まで、毎週行っていたデモの効果ではないでしょうか。

ちょっと感動的。

www.rtbf.be

そしてドイツ語圏。正直なところ、ドイツ語圏については私はよくわからないのだけど、記事を読むと、前回の第一政党であるキリスト教社会党をぬいて、ドイツ語圏の利益を守るというProDGという政党がトップになったそうです。

www.rtbf.be

そしてEU議会。ベルギーは21議席を持っているのですが、極左の仏語圏のPTBが初めて議席を獲得、緑の党も、仏語圏・オランダ語圏合わせると2番目に多く議席を獲得。

そして、1議席だったのが3議席に増えたのが、極右のVB。

www.rtbf.be

フランスのEU議会選挙でも、マリーヌ・ル=ペンのRNが一番多く得票しちゃいましたよね…。

 

 

極右のVBの大躍進、多くの人にショックを与えています。

(思えば、バノンがアントワープにやってきて、ル=ペンなんかも加わって、VBにいろんな知恵を与えていたもんね…。)

 

N-VAはVBにけっこう近いので、党首は、自分たちの議席は減らしたものの、連邦議会を、フランダースの利益のためにブロックできるようなことを言ってました。

VBと連立政権を組むとまでは言ってませんが…。

前の前の政権のとき、1年半にわたって組閣できない事態がありましたが、また今回もそうなるのかな?

 

極右が大躍進したことで、この投票日を「黒い日曜日」と呼び、ニュースでさかんに«Cordon Sanitaireコルドン・サニテール»という言葉が使われていました。

なんだろ、と思って調べたんだけど、30年前にやはり極右政党が大躍進したとき、それを食い止めるために、他の政党が極右政党とは連立しないことを決めたことをそう呼んだらしい。

この言葉自体はもともと、1918年、スペイン風邪が大流行した時、フランス政府がフランスへの流行を食い止めるために、ピレネーに軍を送った時に使われたものだそうです。

 

現在のVBの党首はまだ32歳と若く、若者受けしそうな外観。(これもバノンの入れ知恵か?)

投票日の夜には、もう大躍進が見えていたので、ジャーナリストが「コルドン・サニテールについてどう思う?」とインタビューしていましたが、それ自体にはノーコメントであったものの、自分たちはデモクラティックな方法で躍進したのだ、と、強調していました。

 

 

デモクラティックねえ…。

 

そんなこんなで、オルテガの「大衆の反逆」なんて言葉を思い出し、言葉だけ知ってはいても、内容に関してはよく知らないので、ちょいと調べたりしちゃいました。

>・・・ ils jouissent de tous les apports de la science et de la technique, mais ils en jouissent en « primitifs », c'est-à-dire sans en connaître les principes. Selon cette logique, comme cela comble tous leurs besoins, ils ne ressentent nullement la nécessité d'apprendre, de connaître, de comprendre, de se cultiver. Ortega les qualifie de brutes amorales aux idées grossières qui jouissent du nec plus ultra que leur procure une civilisation perfectionnée dont ils n'ont aucune conscience historique. ・・・

 

↑ 単にWikiっただけですが、科学や技術の恩恵を「原始的に」享受するだけで、その原理原則(何故そういう技術が必要とされたかの理由のことだよね)を知ろうとはしない。自分に必要なものは全てそろっているから、何かを学び、知り、理解し、教養を積もうともしない、それをオルテガは厳しく批判している、ってことで、ま、今の時代にそのまま当てはまっちゃいますよね…。

 

 

会話も成り立たないほどの分断が存在する中、自分は自分の価値観に沿って、できることを、できる形でやっていくしかあるまい、と思います。

選挙の翌日、うちに3女が顔見せにやってきたんですが、やはりそういう話に落ち着きました。

今回の極右政党の大躍進に、夜眠れなかった友人が何人もいた、とも言ってました。

 

私は、ベルギーという国は、もちろん欠点もいっぱいあるけれど、「多様性と寛容」という、私には今の時代最も必要と思われる価値観を、もっとも体現する国の一つだと思っています。

だから大好きで、ここに住んでいる。

そして、なんとしてもそれを守ってほしい、と思っています。

そのための「武器」は、やはり「人権という考え方」だと思う。

 

アンドレ・グリュックスマン『思想の首領たち』の、訳者による後書きより抜粋

「人権尊重の立場は、人がこれまで戦争(闘)万能主義に反対するために見出した最良の立場である。問題になるのはもはや、ある特定のヨーロッパ的な人間像を世界のいたるところに押し付けることではなく、その逆に、あれこれの天国の門を開くなどと主張せずに、地獄の門に蓋を設けることなのである。何が極楽であるかということについては人によってそれぞれ違うが、何が悪であるかということは誰でも等しく認めあうからだ。<・・・>善の普遍性というものはない。あるのはただ、普遍的で、いたるところに広がっている悪である。悪といえば何か、戦争、破壊、強制収容所的地獄、憎悪、権威主義、それからあからさまな、もしくは隠された奴隷制…などのことだ。」

 

これは以前書いた、アンドレ・グリュックスマンが亡くなったときの記事 ↓ に記したものです。

shohoji.hatenablog.com

あ、そういえば、この人の息子のラファエル・グリュックスマンが、今回のフランスのEU議会選挙に、社会党から出馬してました。

今見たら、当選したようです。

 

 

さて、この辺でオシマイにしましょ。

疲れてきちゃった。

 

あ、そういえば、昨日のニュースで、EU議会に関する投票、重国籍の人でも一つの国でしか投票できないのに、横のコミュニケーションがしっかりしてないんで、複数国で投票してもわからない、って問題について話してました。

あらま、と思ったので、ここでメモしておきます。

 

オフが二日続くので

今日と明日、二日続けてオフ、余裕で掃除を済ませ、一日分の食事の用意も終了。

というわけでブログも更新しちゃおう。

また寒くなったけど、日が長いとやはりエネルギー・アップするのである。

 

いろいろと考えさせられていることはいっぱいあるけど、そのうちいくつかを忘れないように書いておこうと思う。

 

 

日本でも報道されたと思いますが、ジュリアン・アサンジュがエクアドルの大使館から追い出され逮捕されました。

それ自体もショックだし、彼のすっかり老け込んだ姿もショックだった。

そのすぐ後、エクアドルIMFから102億ドルの融資を受けるというカナダの新聞記事を読みました。

エクアドルはアサンジュを売った?

そうだとすると、わかりやすいだけに、これが一番ショック。

www.lapresse.ca

アサンジュ逮捕のニュースで、「この件に関して、めずらしくトランプ大統領は静かですね」とニュースキャスター。

ヒラリーに関してのリークに喜んでいたトランプ、アサンジュをほめちぎってたからでしょうか、と。

 

 

4月10日、ブリュッセルではBrexitについて首脳会議が行われました。

またまた延長されましたね。

昨夜のニュース番組を先ほど視聴したのですが、『チェルノブイリ・フォーエヴァー』や、フクシマの原発事故のドキュメンタリーを作った映画監督、アラン・ドゥ・アルーが招かれ、話していました。

www.rtbf.be

Brexitについても交渉人であるミシェル・バルニエに密着して « The clock is ticking »というドキュメンタリーを制作、この16日火曜日にarteで放送されるとのこと。

観なければ。

英国の議員たち、EUを離脱するということがどういうことか、本当にわかっていない様子で、質疑応答の際はナイーヴな質問ばかりで驚いたと言ってました。

それにしても、ほとんどその意味もわからないまま、国民投票なんかやってよかったの?

自らの保身のために国民投票というギャンブルに出たカメロン、「責任取って辞任」って…。

それじゃ無責任以外の何ものでもないじゃん。

そういやあれ以来全く姿を現しませんよね。

どこに隠れてるんだろ。

しかも投票結果はほとんど半分半分。

そりゃ分裂の事態を生むだけでしょうよ。

このままじゃどれだけ延長したって、にっちもさっちもいかないだろうし、もうちょっと論点を明らかにして、今一度国民投票するしかないのではなかろうか、なんて思うのだが…。

5月23日~26日、EU議会の選挙なんですが、英国でも実施されます。

何もかも中途半端で、いい加減にしてよ、と、私ですら思う。

 

アラン・ドゥ・アルーさんは以前にもこの日記に登場しました。

shohoji.hatenablog.com

 

 

日本のニュースは、有料のニュース番組『ビデオニュースドットコム』、TBSクラウド荻上チキちゃんの『セッション22』と『荒川強啓ディキャッチ』を、ずっと聴いています。

(とても残念なことに、強啓さんの番組は3月末で終了してしまいました。)

ビデオニュースのマル激トークオンディマンドは、毎回本を一冊読むくらい中味が濃いので、毎週土曜日に更新されるのがとても楽しみです。

特に、普遍的な問題に、つまり日本だけの問題じゃないことに話が及ぶものがおもしろい。

今日視聴したのは、「日本で女性議員がいっこうに増えないわけ」というタイトルで、政治学者の三浦まりさんのお話でした。

いろんな興味深い話が語られましたが、「自信の壁」という話が、こちらでも割と最近ニュースで話題になってたことと重なっていたので、おもしろいな、と思いました。

 

女性にとっての自信の壁、女性はこういう職業には就けない、と言った思い込み。

そういうことが「言葉」からも生まれるので、言葉を変えていかなければ、という話がしばらく前にニュースで取り上げられていたのです。

ご存知のように、仏語の名詞には男性形・女性形があり、弁護士・医者・プロフェッサー・運転手・郵便配達人など、いろんな名詞が男性形しかないことが、女性の進出を妨げている、という話でした。

 

私は「女だからこうするべき」みたいなことを、親から言われた覚えが全くないのですが、大学の入試を終え合格発表も終えた頃、同級生の家に遊びに行ったとき、そこのお父さんから、「女の子が4年制の大学に行ってどうするの?」と言われ、ほんとにびっくりしました。

そんな発想は大昔のことだと思っていたので。

 

それだって40年以上も前の話だけど、今だに存在することなのですねえ…。

 

 

ベルギーの高校生たちが毎週木曜日に行っているデモはまだ続いています。

最初にオランダ語圏で呼びかけたのがアヌナですが、彼女はスウェーデン人のグレタ・トゥーンベリという16歳の女の子に影響を受けたのです。

すぐにフランス語圏のアデライドも加わり、この3人の女の子が、この運動のエンブレム的存在になっています。

先日、この子たちのムーヴメントを応援しているおばさんとしては、取材した番組も観ちゃいました。

 

www.rtbf.be

そして、ここでグレタが話していることに、3女の姿が重なってしまいました。

彼女は11歳の時、世界が悪い方向へどんどん向かっていることに、生きている意味を失い、デプレッションに陥ってしまったのだそうです。

人と話すことも、出かけることも、食べることもできなくなったのだ、と。

16歳なのにもっと幼く見えるなあ、とは思っていましたが、食べることができなくなったので、体の成長が止まったのだと言ってます。

3女クンが同じような状況に陥ったのが12歳の時。

私もチビですが、3女クンはもっと小さい。

今は元気いっぱいですけどね。

 

それで昔の日記を読みたくなり、探してみました。

shohoji.hatenablog.com

彼女が皆既日食を観察しに、父親と中国へ行ってた時にアップした日記です。

この記事にのっけていたフォトは、ダイアリーからブログに引っ越した時に消えちゃったようです。

f:id:shohoji:20190414014025j:plain

これ↑ ふたたび親ばかですが、かわいいなあ、と。(笑)

肩車してくれてるお友達は、あまりうれしそうにしてませんね。(爆)

なんせチビなんで、こういうフェスティバルで近くにいると、こういうサービスをしてあげないといけないわけです。

 

こういう記事もありました。

shohoji.hatenablog.comこの頃は、まだ移民問題などもなかったのですね。

たしかイスラエルによるガザの爆撃からしばらく後だったのではなかったか。

 

もう10年近く前の日記です。

これからまた同じ時間が経った頃は、何を考えているのでしょう。

私、まだ生きてるかな?