ドキュメンタリー映画 La Terre Abandonnée、ドランの Juste la fin du monde、その他いろいろ

毎回同じことを言ってますが、時間の経つのが速ーーーい!
もう10月も中旬です。
9月は信じられないくらい良いお天気で暖かくびっくりでしたが、10月に入り涼しい、というか、もう肌寒い天気です。
日も確実に短くなり、朝いつまでも暗いので、いったん起きても、目を閉じさえすればどれだけでも眠ることができちゃいます。
以前は早寝・早起きオバサンを誇っていましたが、仕事も少なくヒマなので、夜更かししてその分朝寝坊という、たいへんゼイタクな日々を送っています。
朝寝坊して一番まずいのが、ダラダラしちゃうことで、それで何もしないまま、夜遅くまでそのままダラダラ過ごしちゃうってこと。
体重も2キロ増えちゃった・・・。
毎日寝る前に体重を計っては、「明日こそは世界平和のためにハンガーストライキを・・・」と思ったりしているのだけどね。
おなかがすくと、そんなこともう忘れているし・・・。

と、時間はけっこうあるのだから、ブログの更新でもしようと思いつつ、これもダラダラと今日に至ったという次第。

まず、ベルギー人、ジル・ローラン監督がフクシマで撮影したドキュメンタリー映画 La Terre Abandonnée (見捨てられた大地)。
完成直前に、ローラン氏は、3月11日に起こったテロに巻き込まれて亡くなりました。
でも、彼の仲間が完成させ、10月5日にブリュッセルのBOZARで、初めて一般公開されました。
日本語を、私の子供たちにも手伝ってもらって、フランス語に翻訳する仕事をさせてもらったんです。
(後で、日本語の文字おこしをやはりこちらの友達がやったのを知りました。方言なので難しく、福島出身の人に助けてもらったとか。)
それが縁で、上映には子供たちとともに、招待していただきました。

映画はとても良い出来上がりだと思いました。
制作側の声高な主張は一切なく、動物たちを放っておけないというのが一番の理由で、放射能汚染地区に残った松村さんたちの暮らしぶりを、淡々と描いてあります。

映像は、まるで一編の詩のように美しく、そこで暮らす人たちの誠実さもひしと感じられ、とても感動しました。

やはりその日観た友人が、
≪ゾーンの中で生活することを決めた人達の「覚悟」のようなものを感じました。彼らは放射能を無視してはいません。ちゃんと測って、どこになにがあるか理解しながら生活しています。安全だと思い込もうとしている人達とは違います。なんだか、ひとつの道筋を示されたような気がしました。それがなんだかは解らないけど。≫
と言っていて、なるほど、と思いました。

日本でも公開されるはずです。
在日ベルギー大使館で上映される、という話も聞いたし、劇場でも公開されると聞きました。
京都では、来年の夏上映されると、プロデユーサーの方が言っておられたと思います。

機会があったら、ぜひご覧になってください。

私も、子供たちも、この映画の制作に関わることができたのを、とても誇らしく感じています。



もう一つの映画、最近すっかりはまっちゃっていたグザヴィエ・ドランの最新作 Juste la fin du monde 。

日本では「まさしく世界の終わり」とタイトルが訳されているようですが、「まさしく」ではなくて「たんなる世界の終わり」っていう方がぴったりかも。
まだ20代なのに、映画界でものすごく注目されているドラン、もう俳優陣もすごいです。
ケベック訛はこの映画では一切なし。
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥが、とても大きく評価され、もうきっとロス・アモーレス・ぺロスのような感じの映画は作らなく ―作れなく― なってしまったように、ドランも変わるのでしょうか? ハリウッドではなくフランスだから、またちょっと違うのでしょうか?)

映画館に上映時間よりずっと早く着いちゃったんで、ソファーにかけて本を読みながら時間をつぶしたんですが、その本に、
「人間には生を増大するんじゃなくて、生を超えようとする動きがある。生以上のものを目指す」
といった記述があって、それが、すぐ後に観た映画と妙にシンクロしてしまいました。

この映画、もう亡くなった劇作家の、ジャン=リュック・ラガルスという人の戯曲がもとなんですね。
今フランスでもっとも上演されている作家だそうです。
全然知らなかったのでWikiったら、私と同じ年に生まれた人。
もうずいぶん前、私がまだ小さかった3人の子供たちのお母さんをやっていた頃に亡くなってました。

東京では来年2月封切りとのこと。
ドラン・ファンには楽しみですね。




その他いろいろのその1。

しばらく前に、電気供給会社を変えたことを記しました。
以前は、ランピリスという、その頃はエコロジックという評判だったところと契約していたのですが、ある日ニュースで、その会社がトータルに買収されたことを知って、友達に聞いたりネットで調べたりして、よりエコロなベルギーの会社の、メガというところに変えたのです。

数日前に電話が鳴ったので受話器を取ると、トータルの売り込み、「トータルがベルギーでも電気を供給することになったことを知ってますか?」と。
それで、「お宅がランピリスを買収されたことを知ったので、ランピリスからメガに変わったのです。そちらに変わることはしないから、いくら売り込んでも時間の無駄ですよ」と言うと、「私の時間の無駄より、あなたのおカネの無駄を心配してください」だと。
「私は貧乏人だけど、この件に関しては料金は二の次です。多国籍企業も嫌いだし、絶対変わりません」と返事をすると諦めてくれました。
意思表示ができて、少し気持ちよかったわ。


その2。

ヒマなんで、arteやRTBFでTV放映された番組を、ネットでいろいろ見ています。
そのうち、バリ島で、「バイバイ、プラスティック・バッグス」というアクションをやっている子供たちの話。
YOUTUBEにもアップされていたので貼り付けます。

この子たち、バリ島にカナダ人ジュエリーデザイナー、ジョン・ハーディという人が作った、グリーン・スクールという学校で学んでいるんですが、ほんとうに生き生きとしています。
このハーディ氏が教育の重要性を語るんですが、彼のいうことが、最近ちょっと考えていたことと同じだったんで、ほおおっと思ったことでした。

今、世界中が大きな転換期にある中、学校で教えることって、これから必要なことに見合っているのかしら、私たちのような高度成長期に生きるのに必要だったスキルって、これから必要とされることとズレているのかもしれない、と、そんなことをつらつら考えていたんです。
そしたらハーディ氏も全く同じことを言い、そして、「高等教育を無事終えても、仕事のない若者がいっぱいいるでしょう」と。
そうなんですよね、まったくそのとおりなんです。
せめてこれだけは、と私たち親がよかれと思って子供たちに強いていること自体に、大きな問題があるのかもしれない。
なんて思ったわけです。
私はいつも子供たちに、自分がしたいと思ったことをしなさい、と言ってきてはいるんだけど・・・・。

追記・ ↑ 若い人たちが、「これが今から必要」と感じて、学び、研究し、考えたことに対し、私たち年寄りが、それを生かすチャンスを与えるに至ってない、とも言えますね。



その3。

RTBF(ベルギー仏語放送局)で放映されたドキュメンタリー番組で、Bande à Bonnot 。

http://www.rtbf.be/auvio/detail_retour-aux-sources?id=2150600

20世紀初頭、フランスでジュール・ボノを中心に集まったアナーキストの一部が、まるで強盗団のごとく振る舞うに至り、ついには警察に殺された、という話。
メンバーの中には、非常に暴力的になった者もいれば、最後までパシフィストだった者もいました。
まるでボニー&クライドのフランス版ですが、最初はそこにイデオロギーがあったあたりがちょっと違いますね。

ボノは殺されたとき35歳でしたが、他のメンバーは皆20歳くらいですごく若い。

有名な話だそうだけど、私はこの番組を見て初めて知りました。
ダエッシュのことを連想したりもしたのですが、思えば、テロや戦争のない時代なんてあったのでしょうか?
今、まるでテロの頻発する特別な時代のように言われていますが、世界がこれだけカンタンにつながったために規模が国際的になり、情報の伝達が速いために、すぐ我々の知るところとなるだけで、実は何も変わっていないのかもしれない。
そう考えると絶望的にもなりますが、同時に、今生きていることを考えると、そこに希望も覚えます。



いろいろと記しておこう、と思ったことは他にもいっぱいあります。

たとえば、大統領候補を狙っているサルコが、自分が大統領になったら、移民政策と国家安全政策に関する、二つの国民投票をやる、なんて口走って、「国民投票ってデモクラシーか?」って問われた話とか。
(サルコのトランプ化みたいな言い方されてた。)

でももう書き疲れたので止めます。