なぜに私は自分を「おばさん」呼ばわりするか


パリにお住まいのマイミクさんから、先日「なぜ自分のことをおばさんと言うの?」という質問を受けました。

あまり考えたこともなかったんだけど、確かにニッポン語で「おばさん」というと、ネガティヴなイメージがあるのかもしれません。

で、彼女、
「なぜ自分を卑下するようなものいいをするのか」
しかも私がそれほどハンブルな性格でもなさそうなのは、日記を見ていても現れていることだからでしょう
「わざとこのようなネガティヴな表現をすることで、そのネガティヴさをひっくり返そうともくろんでいるのか?」
とまで考えられたようで、その質問自体がなかなか興味深く、それをきっかけに自分の「おばさん」考などをしています。

思えば、この「おばさん」という言葉自体、なかなか笑えますね。
うちの子供たち、フランス語のマダムの訳語が「おばさん」だと思っているようです。

(そのうち、子供たちがニッポンへ行き、みなさんとお会いするかもしれませんが、おばさん・おじさんと呼びかけられても怒らないでくださいね、これって彼女らにしてみれば、マダム・ムシューのニッポン語訳なわけです・笑)

まあでも、少なくともマダム≠おばさんであることは間違いないですね。

名前を呼ばずに、失礼ないよう呼びかけるための普遍的な言葉は、ニッポン語に存在しない、と言い切れるのかな?


そんなとき、やはり他のマイミクさんが、今人生のひとつの転換期を迎えておられ、そういう中で、

>・・・に常日頃気をつけていることと言えば、
>自分を決して“おばさん”よばわりをしない。

と記されておられたので、おお、ここでも「おばさん」が・・・、と、ますます考えさせられている、というわけです。


で、再び自分のことを振り返ってみると、やはり私は「おばさん」しかも普通の「おばさん」なんですよね。
「奥さん」でもなし、ニッポン語でいうところの「マダム」でもなし、価値観抜き(というとこが大切!)で「おばさん」カテゴリーに属することは、疑いなき事実。
で、たとえばブログで「ちびころおばさん」を名乗るのは、しゃれたハンドルネームをみなさんが使っておられる中、ほんとうのことを言う方がかえっておもしろい、と思ったというのがあるわけです。
さらにいろいろ考えてみると、やはり私は自分が「おばさん」であることを、(ご存知のとおりハンブルじゃないゆえに)自慢にすら思っているのだと、そう気づいたのであります。

ちょっとかっこ悪いことも必要とあればやりますし、家庭では家族のために常にスタンバイ・モード、自分のことは後回し、長女が生まれてから14年間は大好きな映画を観に映画館にも行けず、服は人から譲ってもらったものがほとんど・・・etc.etc,。

しかし、今度の乳がん騒ぎで、少しは自分の身だしなみにも気を使うようにはなりましたし、本当にしたいことは家族を犠牲にしない範囲でめんどくさがらないで実行しようと決意もしたし。

なんだか、人生ってうまくできているのね・・・。
しみじみ。