列車から飛び降りた11歳の少年のはなし & 火・木・金

一昨日の夕方、TVのニュースで、おっこれは!と思ったものがあったのでメモしておきます。

 

www.rtbf.be

 

以前ここに記した「つまずきの石」めぐりの記事の一つ ↓ 。

shohoji.hatenablog.com

 

そこに記した3人の若いレジスタンス活動家へのオマージュとしてモニュメントが作られることが、ブリュッセル議会で決定されたというニュースでした。

そして、その列車に乗せられていた当時11歳だったシモン・グロノウスキさんへのインタビューもなされていたのです。

 

5月に上の記事を書いた時は、「つまずきの石」ガイドを読んで、そのときそこで逃れた人は17人だと理解していました。

でも一昨日のニュースでは、彼ら3人の行動によって113人が命を救われたと話されました。

それで貼り付けていた証言のビデオを再度視聴してみたりもしました。

 

メヘレンを出発したアウシュヴィッツ行きの列車を線路のところで赤信号に見えるライトをつけて止めることに成功。

そこで逃れた人は17人だったかもしれないけど、その後何回も列車が停車する度に上述のレジスタント行動に勇気づけられた若い人たちが、何人も扉を開けて逃れたことが話されています。

 

ニュースでインタビューに答えたシモンさんの話ですが、彼が両親と姉と4人家族一緒だったこと、扉が開かれたときお母さんが彼の手を取り「お逃げなさい」と飛び降りさせたのだそうです。

自分が逃走したのは、母親の命令に従ったから、もし降りるなと言われていたらそこに残り、他の家族同様ガス室で死んでいただろう、と。

まだ11歳ですもんね…。

子どもがたった一人で、と考えるだけであまりのことに言葉もない…。

逃れた後、ひとりのベルギー人警官に声をかけられたそうです。

君がユダヤ人で列車から逃れてきたのだと知っている、でも私は君を捕らえたりしない、私はよきベルギー人だ、と泣きながら言ったそうです。

また後に、シモンさんとそう歳も違わない、当時列車へと連行する仕事をさせられていたという人から、私があなたやその家族や他の人を連行したのだ、許して欲しい、と訴えられた、そして「許す」と答えたという話もされています。

憎しみはいっさいない、と。

連行した彼も当時せいぜい15歳くらいだったんでしょう。

この方もずっと苦しんできたのだと思います。

 

 

 

 

さて今週は大学の講義の第一回目、すべて出席しました。

月曜日は大間違いでナシになりましたから、火・木・金です。

 

火曜日・芸術史概論。

これは大きな講堂で行われる授業で、学生は300人はいたと思います。

「目立ちたくない作戦」は大成功。

内容もおもしろかった。

ほぼ文系全てに関わりのある内容で、トランスヴェルサル、ということでコードもTRANSで始まります。

前・後期にまたがるもので、前期が古代ギリシャから中世まで、後期がルネサンス期から、です。

現代の我々が、脈々と受け継がれる≪アートということばを使わない「視覚による言語」≫にいかに問を立て、それをいかに理解していくか、そういう内容です。
時代ごとの「あたりまえ」とか、「狂気」の時代による解釈とか、古代から現代まで生き続けているものとか、そういう話になると思います。

異文化で育った私は、ここで生まれ育った人たちとは血肉になっているものが異なるから、あらゆることの「行」は読めても「間」が読めないことが多いんだろうな、と思っています。
たとえば映画の感想や批評を読んでも、日本に住んでいる人のはどこか感じ方がちがっていたり、
(米国の影響がものすごく大きいというのも一因だとは思っています)
何かが足りなかったりしているような気がして、これはあくまでも「気がしている」という曖昧なものなのですが、そこんとこをはっきりしたいと、もうかなり前から思ってるんだけど、生来怠け者だから難しいことはしたくないし…。苦笑

少しでも多く「間」が読めるようになりたい、そういう思いの一助になりそうで、ワクワクします。

 

木曜日・18世紀から20世紀までの西洋音楽史

第1回目は、これからの授業の流れの説明と、本題に入る前に、先史時代から、中世、ルネサンス、とササッと見た後、バロックにちょいと入ったところで時間となりました。

次回からはもっとゆっくり見ていくことになります。
モノフォニーだったところからルネサンス時代にポリフォニーが生まれ、
ポリフォニーを生み出したのは、モンス出身の16世紀の人 ローラン・ドゥ・ラススです)
さらに、コーラス中心でずっと重視されていなかった楽器にも力がそそがれる時代となり、ハーモニーや和音などが進化していくわけだけど、話の合間にそれぞれの例を聴かせてくれるのでわかりやすい。
バッハに至った時は、音楽の進化をひしと感じ、感動で涙が出そうになりました。
 
なんだか今の時代、人間のろくでもなさばかり見えて悲しくなることが多いですが、芸術に触れると、人間って素晴らしいとこもあるじゃん、と少し救われる気がします。

 

ちなみにこの講義の先生、長女クンと大学の専攻が同じで、ずっと仲よしのお友だちです。

コロナ禍の中でのお籠り生活ゆえか、ドクター論文も仕上がり、その審査にも通って、こういう講義をするのは今回が初めて。

(授業の中で彼女が、「音楽史」というと当然のように「西洋音楽史」を考えるが、世界の全ての音楽に、その歴史があることを忘れないで、と言ってました)

この日教室に向かってキャンパスを歩いていると、後ろから「ヒロコ!」と声をかけられたので振り向くと彼女でした。

それにしても背後から何故私だとわかったのだろう。

よくあるんですよ、このご時世なんでマスクしてますでしょ。

マスクにサングラスに帽子という、ほとんど変装状態なのに、私だとわかって声をかける人がよくいるんです。

なんでわかるの? 体型か?と。苦笑

 

金曜日・仏語史と仏語文法史

これは去年前期も取ったんですが、初日に転んで足を怪我、その後コロナ禍突入でオンラインになった時点で、TEAMSで講義を聴けれるのにそれを見落としたままだったんで、今度こそと再度登録して聴くことにしました。

仏語の標準化が進むのが17世紀。

文法史に関しては、研究者泣かせの非常に困難な分野なのだそうですが、後半はその点に話が及ぶことでしょう。

 

教室で先生を待つ間、近くに座っている子たちの会話が聞こえてきました。

新入生が先輩っぽい人にいろいろ教えてもらっていたのです。

「私は22歳、バシュリエとマスターの間なの」(マスターに進んではいるが、バシュリエの単位が少し不足しているのか?)という一人に、「へえ、私は17歳です」と質問していた彼女が言ってました。

私は心のなかで、「私なんてクリスマスがきたら64だぜ」なんて笑ってましたわ。

そしたらその子、私にまで、「専攻はなんですか?」って。

年寄り枠で聴講しにきてるだけなのよ、と答え、「そういう質問してくれてありがとね」と付け加えたらウケましたわ。笑

 

 

 

金曜日は講義の帰りに日本食料品店に立ち寄り、たい焼きを買いました。

冷凍たい焼き5個で4.90ユーロ。

輸入ものじゃないので、1個当たりの値段はクロワッサン1個と同じくらい、先日試しに買ってみたらちゃんとたい焼きの味だったのです。

以前は甘いもの、特に餡子ものはそれほど好きじゃなかったんですけどね。

子どもの頃から将来のお酒好きを予言するかのようにつまみ系のものが大好きで、羊羹とか饅頭とかはノーサンキューの人だったのに、最近たまにどうしてもそういうものが食べたくなることがあります。

こういうことも歳のせいでしょうか。

 

 

先日、コロナ禍における援助金は9月末でオシマイ、と記しましたが、最近のニュースによると、12月末までに延長されるようです。

ありがたいことです。

 

 

 

火曜日の講義は18時から20時まで、帰りはもう暗いですが、天気の良い日の夕暮れ時は、空が透き通った群青色でとても美しいので好きです。

 

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明日はEU議会のガイドツアーに参加します。

 

コロナ禍のせいで固まってしまって動かなかった社会が、ここんとこ動き始めてきたような感じがします。