先月23日に、フランスのカルカッソンヌの近くの小さな町で、
(以前、家族でピレネーの山奥に住む友人を訪ねるたびに、このあたりはうろうろしたので、町の様子もすごくよくわかる…。)
テロリストがスーパーマーケットを襲い、そこにいた人々を殺したり、人質にして立てこもるという事件が起きました。
そして、丸腰でその人質の身代わりになり殺されたアルノ―・ベルトナム中佐のことも、日本で報道されたのではないか、と想像します。
この方をヒーローとして、フランスが国をあげて讃えました。
そこで感じたことふたつ。
フランスのために、共和国のために、と強調されることへの違和感。
この方はきっと、異なるコンテクストの中でもきっと、自分を犠牲にしてでも他者の命を救うことをいとわない人であったに違いないと思うので。
それと、ヒーローという言葉の意味。
日本語だと「英雄」と訳されるのを覚えていたんで、もしかしたら、ヒーローはヒーローで、日本語の「英雄」とは似て非なるものなんじゃないか、ということ。
ベルトナムさん、のどを掻き切られて亡くなったんですね…。
むごいことです。
士官学校をトップで出られた軍人さんであるこの方のお母さんは、事件の状況を知り、身代わりになったという人物は、自分の息子に違いない、とすぐに思ったそうです。
というわけで、ああでもない、こうでもないといろいろ考えていたところ、arteの28minutesでも、「ヒーロー」について、いろんな話がされました。
ああ、私がこの言葉が気になったのは、当然だったんだ、と思ってしまった。
https://www.arte.tv/fr/videos/075223-151-A/28-minutes/
いつも読ませてもらっている、竹下節子さんのブログでも言及されていました。
https://spinou.exblog.jp/29395618/
https://spinou.exblog.jp/29398853/
https://spinou.exblog.jp/29401720/
それに、毎週視聴しているビデオニュースドットコムでも、「英雄」の話。
今回は5金スペシャルなので、無料で配信されています。
ここでも、きっと宮台さんの言うところの日本語の英雄という言葉の意味と、ヒーローという言葉の意味に、違いがあることがかかわっている気がしました。
http://www.videonews.com/marugeki-talk/886/
実はこの前書いた記事に、暦を一周して人生のオマケ部分スタート、と書きましたが、「楽しむぞ」というのももちろんだけど、万が一、テロや天変地変に遭遇したとしたら、オマケ状態の自分がまっさきに、自分の命はリスクにさらしてでも、周りの誰かの命を救わないといけない、などとも思ってます。
実際にそういう事態になったとして、小心者の私が、はたしてどこまで実行できるか、はなはだ疑問ではあるのだけど。
だから、何か起こるたびに、もし自分だったら、と、脳内シミュレーションをやったりしているのでした。
そういう風なので、フランスでの事件は、私にとってすごく大きかった。
もうずいぶん前になりますが、米国のアーミッシュのコミュニティの学校で、子供たちが何人も撃ち殺されるという痛ましい事件が起こった時、年長の女の子が、年下の子供たちを守るために、「私を先に撃って」と進み出て最初に撃ち殺されるということがありました。
そういうことも思い出したり…。
とりとめなくいろんなことが頭と心に浮かんでくるばかりで、ちゃんと書き記せないのだけど、これからもちゃんと考えるために、ちょいと記録しておこうと思った次第です。