まるごと休み!

結局、コロナの影響で、2月後半から3月末まで、入っていた仕事が全部キャンセルになりました。

というわけで、まるごと休み。

フリーランスの私は、こうなると収入がゼロになるのだけど、同じ貧乏なら元気でいた方が絶対マシなので、好きなことをしながら、ゆったり養生するつもりであります。

 

今までも、鳥インフルエンザやテロ事件などなどで、こういうことは何回もありましたしね。

どうにかなるさ、であります。

 

イタリア北部で感染者が多く出て以来、ヨーロッパでもコロナウィルスの拡大が心配されるので、ニュースではさらに多く取り扱われるようになったと思います。

薬局でも日曜大工店でも、マスクが売り切れているらしい。

とはいえ、相変わらず、街でマスクをして歩いている人を見かけることは全くありませんが。

 

フランス人のパートナーさんとブリュッセルで暮らしていらっしゃる知り合いの日本人女性から、昨日電話がかかってきたのですが、しばらくお二人で日本に行っていてこちらに戻ったところで、パートナー氏は職場の人に、「日本から戻ったばかりなら、しばらく出て来なくてよいから家にいてね」と言われたそうです。

 

検疫を受けることをフランス語で faire quarentaine と言います。

quarentaineというのは、だいたい40くらい、という意味なんですが、検疫・隔離期間という意味もあり、なんでかな、と思って調べてみたら、14世紀にペスト患者のいる船を40日間隔離したことからそう言われることになった、と。

へええっと面白く思いました。

今回のコロナ騒ぎでは英語の記事もいくつか読んだんですが、英語でも quarantine って言うんですね。

小さな辞書を見たら、もともとはイタリア語で「40日間」の意味、と書いてありました。「何故こういう意味で使われるようになったか」までは記されていませんでした。

それで、よっこらしょ、と重たいランダムハウスを引っ張り出して見てみたけど、1609年よりイタリア語の言葉から「検疫する」という意味に使われるようになった、とは記されてましたが、14世紀のペストには触れられていませんでした。

それではロベールの仏語歴史辞典も見てみようと、やっぱり、よっこらしょ、と引っ張り出して見ました。(このヒマ人感! お休みバンザイ、ざんすね 笑)

もともとは上述の通り約40のこと、それが12世紀になって、四旬節の際に約40日間節制・禁欲の日々を送ることの意味が加わり、1635年に疫病の拡大を防ぐための隔離の意味が加わり、1772年には、いわゆる「村八分」の意味でも使われ始めているそうです。

そういえば、もうずいぶん前になりますが、子供たちを連れて日本に行った時、姉の家で見かけた雑誌の記事の見出しに、カランタン、って書いてあって、「何これ?」って聞いたら、姉が40歳という意味の言葉、フランス語でしょ?と。

そうか quarant ans カタカナになるとさっぱりわからないです。カタカナ表記不可能な音ですもんね。

で、quarantaine というと、40歳くらいという意味もあり、そういう意味でつかわれ始めたのは17世紀だそうです。

ちなみに、qurantaine というゲームもあるんだと長女に教わりました。

みんなで遊ぶゲームで、誰か一人が上がって終わるものではなく、それぞれが医者や研究者などの役割に分かれ、疫病の拡大を防ぎ封じ込める、というものらしい。

次女くんは、万が一「家を出るな」というおふれが出たらコロク(colocataire 家をシェアしてる仲間)みんなで退屈しないように、このゲームをゲットしたとのこと。

母の教育のせいか、何気にふざけた子たちです…。

 

ウィルスという言葉もさかんに使われますが、ウィルスって実は何なのかよくわかってない、と思って調べてみました。って、wikiっただけなのだが。(苦笑)

まるでSFの世界だなあ、と、おもしろく読みました。

そしたらFBに誰かがアップしていた記事にこういう↓ものが。

kadobun.jp

こういう風にながーい時間的スパン・ひろーい空間的スパンでもって研究されている方の話は、世間がパニックっているときでもとても落ち着いているんで、こちらもなんだか安心しますね。
 
>私たちは、過去に繰り返されてきた感染症の大流行から生き残った「幸運な先祖」をもつ子孫であり…
 
私もいつもそう思ってきました。
加えて、「戦争」「飢饉」などなど、そういう過酷な出来事を生き残った先祖…。
今ここに生きていること自体、奇跡みたいなものです。
 

これ↓もFB上で見かけた記事なんですが、いいな、と思いました。

bonsenpai.com3女が中等学校(日本でいうところの中等・高等学校)を終了した際の卒業式

(って、日本みたいな式典ではなく、みんな普通の恰好、卒業証書授与みたいなこともなし、卒業証明書はこの時点ではまだできあがってないので、後でそれぞれが学校に取りに行くのみ)

での校長先生の話もとても良かったのを思い出しました。

ミシェル・セールの言うところの「新しい人々」になって欲しい、というような話だったと記憶します。

 

 

実は仕事が少なくてヒマなので、2月の初めにNetflix始めちゃいました。

家で見ると気が散るので、やはり映画館で見る方がいいよね、とは思うものの、今月末までひと月はお試し期間で無料、これから8€/月足らず、映画を1本観に行くより安いし、ま、しばらくこのまま行こうか、と思ってます。

映画と言えば、この12日より、大好きなグザヴィエ・ドランの2019年の作品がブリュッセルでも公開されていて、数日前から、観に行こうかな、と思ってるところ。

またまたフランス語が訛ってるところがなんだか嬉しいわぁ。

 

www.youtube.com

しばらくヒマなので、また近いうちに更新するかも…。