16日月曜日の夕方、長女から「破水したので病院に行く」という連絡が入りました。
その時はまだ陣痛も何もない状態だったけど、その翌日10時10分に孫くん誕生。
生まれるまでの3時間はかなり苦しかったらしい。
ベルギーの至れり尽くせりの条件下ですら不安はあるもので、ましてや戦時下では...などと思いをはせつつも、その日以来ずっとソワソワ、生まれた後はソワソワ・ルンルンなばーちゃんです。
病院では特に希望しなければ二人部屋です。
ふたり部屋とはいえ、通常一人で使える状況らしいんだけど、この日は産気づいた人が例外的にめちゃくちゃ多かったらしい。
本来の個室にもベッドを増やしたり、大盛況だったと。
長女の部屋は、前日に帝王切開で生んだ(へその緒が4重に巻き付いていた)パキスタン人のママと赤ちゃんが先客。
ロンドンからブリュッセルに移ってきて間もなく、フランス語がほとんどわからないので看護婦さんも我々も、コミュニケーションは英語です。
最近は赤ちゃんが生まれても洗わない方針に変わってます。
その方が自然の力で赤ちゃんが守られているのだそうです。
入院期間も問題なければ生まれた後たったの2泊。
(うちの孫くんは「まだちょっと小さい」という理由でまだ病院にいますが。)
洗わなくとも日に日に表面がきれいになり、顔も生まれたてのオッサン顔がかわゆくなってきてます(←バババカ 私の予想では最終形態はイケメンのはず 笑)。
私が子供を産んだころとはいろんなことが変わってしまっているので(って、3回もお産を経験したのに、ほとんど何も覚えていないのだが)、へええって感じ。
ま、いずれにしろめんどくさいことは親たちに任せ、私は可愛がって甘やかすのみ、なのである。ワクワク。
と、多くの人にとってはどうでもいい話はさておき、議会の見学、思った通り前回 ↓ とは全然違ったものだったのでメモ。
前回は建物を全部回って、その歴史的背景を中心に「観光」みたいな感じでしたが、今回は議会で議員たちがどのように活動しているか、それを理解してもらおうというのが目的の案内でした。
クリスマス・シーズンなのでツリーがあちこちに飾ってありました。
前回気づかなかったけど、エントランスホールの壁には、484人のブリュッセルのジュストの名前が記されたプレートがあった。
上に貼り付けたブログ記事のフォトのひとつ「鏡の間」は、貸し出しをしているそうです。
結婚式やお誕生日パーティみたいなイヴェントはNGですが、セミナーその他、公共的意味のある行事のセレモニーには、申し込めば貸してくれる。
議会には8つの委員会が存在し、案内してくれたジョナタンさんは「環境委員会」に属しているそうです。
(この方は獣医さん、過去マダガスカルにONGの一員として2年暮らしたことがあり、その経験を本にして出している)
委員会の会議は市民から無作為に選ばれた市民も参加するし、会議を見学するのも自由。透明性が原則。
委員会の会議が行われる部屋は3つあり、それぞれ配置が異なってます。
3つのうちのひとつ、その日使用中だったので見れなかった部屋が、円卓になっており一番理想的だと言ってました。
ここは向かい合う形になった会議室。
壁はゲント在のアーティストによる現代アート、ベルギーらしくジャガイモの皮を使ってアラブ文字で書かれた愛の詩。
極右政党であるヴラームス・ブラングの議員は、この作品ゆえにここでの会議を拒否したそうな。くだらない…。だから極右はキライだ。
最後は議場で一つの議題をめぐる議会疑似体験。
偽物の議題は
「米国やフランスでは議員が何期も続けることは法律で禁止されているが、ベルギーではそういう縛りがない。一期だけとするべきだ。」
というもの。
それに対して見学に参加している(全部で30人くらいだった)者たちが議員に扮してディベート、最後に投票する、という趣向。
子供連れの親子もいて、うち10歳くらいの男の子が自分の質問を、他の人たちを真似してホントの議員みたいに Merci chers mes collègues と締めくくる場面もあったり、おもしろかったです。
もっとちゃんとメモするつもりだったけど、落ち着かないのでこの辺で。
また例によってSNS上で見かけたフォトや動画を貼ってオシマイにする。
Michel Polnareff - Âme calîne (1968)
Piazzolla's Libertango
これって連邦議会の前の路だわ。
おもしろい。
Bruxelles
生まれるのがもっと後だったら…といつも思う、ひどい目に遭ったカミーユ・クローデル。
うちから徒歩15分ぐらいのところにあるらしい。
天気のいい日に眺めに行こうと思う。
バウハウス・スタイルの建築物。
Modernist town house, designed by architect Louis Tenaerts
いろんな物語を想像させられるとても美しいフォト。
hotography by Menno Huizinga(Dutch photographer, 1907-1947)
Fast Train To Freedom: Menno Huizinga’s Sensational Photographs of Dutch Boys After Liberation From Nazi Germany – 1945